リレー日記

3年 赤羽紗里

2014.06.25

ホームページをご覧の皆様、こんにちは。今回、理工学部1年の斉藤宇乃からハードル高めの紹介を預かり、リレー日記を引き継ぎました、総合政策学部3年の赤羽紗里と申します。
今から約1年前のリレー日記で、自身が怪我で長期離脱し、リハビリ生活をしていることについて述べさせていただきましたが、今は無事に復帰し、仲間と共にサッカーが出来る喜びを噛み締めております。その際には多くの方々にご声援いただきましたことを、この場を借りて御礼申し上げます。
今回、怪我をしてからの1年のリハビリ生活を通して私は、多くのことを日々考え、学びました。時には悩みました。そんな時に自分自身を鼓舞し、奮い立たせる要因となったものの1つが、過去の自分が残したサッカーノートでした。
昔から、サッカーのみならず日々の細かいことを記録付けすることが私の自律の方法でした。高校生の時には毎日の行動をスケジュール帳に時系列で記し、サッカーノートで練習メニューや心情、オフシーズンの食事等を同時に記している時もありました。深い目的がある訳ではなく、ただ好きだったのだと思います。リハビリ期間中に、中学生や高校生の頃のサッカーノートを見て、過去の自分に負けてられないな、と何度も奮い立たせられました。また、リハビリ期間中のノートには『昨日の自分に負けるな』という言葉が沢山書かれていました。毎日欠かすことが出来ないリハビリのトレーニングの中で、「今日は休みたい」「楽なメニューにしたい」と思うことは幾度となくありました。しかし、そんな時にノートを見て、昨日の自分が積み上げたものを今の自分が崩してしまって良いのか?自問自答し、日々のトレーニングのモチベーションにしていました。これからも、サッカーノートという自律材料を存分に活かしていきたいと思います。
と、格好付けたことをアスリート風吹かせて言っておりますが、そんな私は最近『面白いことメモ』という記録も付け始めました。至って真剣です。これは日々の日常生活の中で、お腹を抱えて笑った出来事をスマートフォンのメモ帳に記しているものです。昨年から始めた面白いことメモの中身は、大体が部活動での出来事である為、時折部員と共に読み返してはまたお腹を抱えて笑っています。中身の量も、今や驚く程になっています。日々、私達の周りにはこんなにも面白いことが溢れているのかと気付かされ、笑うことの素晴らしさを実感している次第であります。面白いことメモについて大真面目に語っている私は一体何を目指しているのか、と我に返ったところでまとめたいと思います。つまり、何かを記録に残しておくことは、人生を豊かにする一つの要因になるのです。まとまりました。

これからも、サッカーノートで自身に問い掛けをしつつ、面白いことメモへの部員の貢献を期待し、残りのサッカー人生を豊かなものにしていきたいと存じます。ソッカー部女子へのご指導ご声援の程、宜しくお願い致します。
次は、ロッカーが隣同士で絆が深く、いつも一緒にふざけていることから、新入部員の後輩達に暫く同期だと勘違いされていた程の仲良し、4年主務の児島愛子先輩にリレー日記を引き継ぎます。ご精読ありがとうございました。

1年 斉藤宇乃

2014.06.19

ホームページをご覧の皆様、初めまして。今回、総合政策学部4年マネージャーの金ジョンウンさんからリレー日記を引き継ぎました、理工学部1年の斉藤宇乃と申します。
今回のリレー日記では、私は部内唯一の慶應義塾湘南藤沢中高等部(以下SFC中高)出身者なので、SFC中高女子サッカー部のお話を主にさせて頂きます。

私は小学生2年生の冬に新林レディースという地元の女子サッカーチームに入団しました。4年生からGKとしてプレーする様になり、6年生の冬には関東大会で優勝という好成績を残しました。そんな中、学年が上がるに連れ、新林レディースはメンバーが小学生だけであった為、中学以降の進路をどうするかを悩み始めました。そこで私はコーチの助言から部活動でサッカーを続けたいと思い、慶應義塾湘南藤沢中高等部を受験するという誰もが驚く決断をしました。そして、サッカーと受験勉強をぎりぎりまで両立させながら、何とか合格することが出来ました。念願のSFC中高女子サッカー部に入部すると、人数の関係もあり、私は中学で一から始めるつもりでフィールドプレイヤーに転向しました。部員の殆どが初心者であった中学時代では、県内の対戦相手はクラブチームが殆どで、私達は1勝もすることが出来ませんでした。中でも中学3年生の時はたったの9人で1年間戦い続けました。「全員が120%で戦えば11人と変わらないよ!」と励まし合い、やっとの思いで引き分け、勝ち点1を獲ったその年はとても印象に残っています。
高校に入ると、県内に初心者の多い女子サッカー部が増えた為試合に勝てる様になりました。また、なでしこブームもあり部員も中高合わせて約50人と、大きな部活になりました。引退までに関東大会出場枠の神奈川県ベスト4に入るという目標には届きませんでしたが、最高の仲間と共に戦った6年間は私の大きな財産です。

SFC中高女子サッカー部は、大半が初心者ですが、向上心と目標を持って本気で部活動に取り組んでいます。先輩後輩の仲がとても良く、部室では笑いが絶えません。また「挨拶、時間厳守、物の管理」という三大原則があります。この三つは当たり前のことの様に思えますが非常に大事なことで、今でも自分の中に染み付いていて、部活動に於いてだけでなく、日々守るのが当たり前になっています。

私は中高の6年間、楽しい部活動生活を送るだけでなく人間として成長することが出来ました。それに加え、コーチはOB・OGの方がボランティアでやって下さる等、私は沢山の方に支えられてサッカーが出来ているということを実感しました。感謝の気持ちを常に持ち、私はこれからもサッカーを一生懸命やることで恩返しをしていきます。

最後になりますが、私は今年度から慶應義塾体育会ソッカー部女子に入部させていただきました。中高時代でSFC中高女子サッカー部に入って本当に良かった、また部活動で仲間と苦楽を共に目標に向かって頑張りたい、と思ったからです。将来、SFC中高女子サッカー部からもそう思う部員が増えることを心より願っています!

次は、いつも部に笑いを届けて下さる、総合政策学部3年の赤羽紗里さんにリレー日記を引き継ぎます。ご精読ありがとうございました。

4年 金ジョンウン

2014.06.12

ホームページをご覧の皆様。こんにちは。今回、新入生の野村智美からリレー日記を引き継ぎました、総合政策学部4年マネージャーの金ジョンウンと申します。

今回のリレー日記では就職活動を通じて気付いたことについてお話させていただきたいと思います。先月就職活動を終えた私は、これまでの企業との面接の際に、数え切れない程“何故マネージャーになろうとしたのか”と質問されました。この質問を聞かれる度に、私は3年前、ソッカー部女子が週5回練習している下田グラウンドを初めて訪ねた時のことを思い出します。

教育に対する国全体の関心がとても高い韓国で生まれ育った私は、チームとして何かをやるという意識が殆どありませんでした。クラスで1位になる為には、学校で1位になる為には、全国模擬テストで1位になる為には、常に周りの友達をライバルとして意識しながら勉強せざるを得ない環境の中にいました。体育の授業でさえ、受験の為の自習の時間として使われていた高校生の時には、皆と一緒に何かをする楽しさ、チームになってスポーツをする楽しさを分からず、朝から晩まで狭い教室の中で勉強に励んでおりました。

そんな、インドア派だった私が、ソッカー部女子の練習を見に行った時のことは今でも忘れられません。教室より遥かに広いグラウンドで皆は楽しそうにボールを蹴り、そしてゲームの時には何度も何度もお互いに声を掛け、どの様な場面でも一人ではなく、チームとして動きながらサッカーをやっていました。今までは見たことのないこの光景に“あ、私もこの人達と一緒にいたい。同じチームの一員になりたい”と初めて思い、これがソッカー部女子に入部するきっかけでした。

しかし、プレーヤーとしてではなく、マネージャーとして入部したのは、スポーツが苦手だからとかサッカーはやったことがないからという理由ではありません。その当時、マネージャーが5~6人もいる他の部活に比べ、一人でグラウンドの横に立ち、黙々と選手をサポートしていたマネージャー三宅由美子の姿を見て、私も由美子と一緒にこのソッカー部女子というチームを支えていきたいと思ったからです。そして、今までは自分1人の為にやってきたことを、これからはチームの為に何かをやってみたいと強く思いました。

私自身の為だけではなく、チームの為に何かをやりたいという思いから入部したものの、試合の結果に直接繋がりにくいマネージャーの仕事に対するモチベーションを探すことは予想以上に難しいことでした。皆と一緒に戦いたいという気持ちを上手く伝えられず、マネージャーの私にとってもチームを勝たせる為に出来ることは本当にあるのかと、もどかしさを感じる時もありました。しかし、気が付けば試合の勝敗に関係なく、走っている選手の姿に、ボールに向かう選手の姿に胸が熱くなる私がいました。言葉では説明出来ないこの感情に私は勇気を得て、前を向いて頑張らなければならないと初心に戻ることが出来ました。そして、私のモチベーションはこのソッカー部女子の部員一人ひとりであることを改めて気付くことが出来ました。

国籍や言語は違えど、私はこのチームメイト達にいつも支えてもらい、勇気をもらい、愛をもらっています。ソッカー部女子に入る前までは感じたことのなかったこの感情を私は毎日の様に感じることが出来ていて、感謝の気持ちで一杯です。だからこそ、皆と一緒に出来る残りの部活動を何よりも大事にしていきたいと思います。今後共、ソッカー部女子への温かいご支援、ご声援の程、宜しくお願い致します。

次は新しく登場したソッカー部女子の理系女子、理工学部1年の斉藤宇乃にリレー日記を引き継ぎます。ご精読ありがとうございました。

1年 野村智美

2014.06.05

ホームページをご覧の皆様、初めまして。今回、文学部2年岡野史恵さんからリレー日記を引き継ぎました、総合政策学部1年の野村智美と申します。私が慶應義塾大学に入学し2ヶ月が経ちました。慌ただしく過ごしている大学生活、ソッカー部女子としての活動にも慣れて参りましたが、皆様はいかがお過ごしでしょうか。初めてリレー日記を担当させていただく今回は、私のサッカー経験についてお話しさせていただきます。

私の家族は父、母、兄、そして母方の祖母までもがサッカーをしているサッカー一家で、私も物心が付いた頃には自然にサッカーボールで遊んでいました。また、父、兄、祖母のポジションが全員GKということもあり、私自身も小学校高学年からGKをする様になりました。サッカースクールに通い始めたのは6歳の頃からで、小・中学生の頃は近所の男子チームと、なでしこジャパンの宮間あや選手や福元美穂選手等が所属している岡山湯郷Belleの育成チームであるBelle Kids FCという女子チームの2チームに所属していました。高校は地元の岡山県作陽高校に進学し、父が監督を務めるサッカー部に入部しました。高校3年生の時に全国高等学校総合体育大会、通称インターハイで全国3位を経験しましたが、幼い頃から知っている環境で、私のことを理解してくれる人々に囲まれ、ぬくぬくと育って来ました。今振り返ると、その環境に甘えていたこともあった様に感じます。
生まれてからずっと岡山県で育った私は、自立する為にも大学は県外に出ようと決めていました。そして、高校1年生の時にこのホームページでソッカー部女子の存在を知り、その春にソッカー部女子の岡山遠征に参加させていただきました。合宿では、既に卒部されたOGの方々や、当時1年生だった現在の4年生と共に練習しました。その練習メニューは強制的にさせられているのではなく、選手が考え、主体的に行動している点に強く惹かれました。そのことがきっかけで、ポジションがGKであるにも関わらず、塾ソッカー部のフィールドプレーヤー用の黄色のユニフォームに対する憧れも抱き、大学はソッカー部女子でプレーしたいと思う様になりました。その時の私の行動力は想像を越えるもので、気が付けばその後も頻繁にソッカー部女子の練習に参加していました。そんな私をいつも温かく迎え入れて下さった岩崎監督を始めとする指導者の方々や先輩方のお陰で、今春無事に念願の慶應義塾大学に入学することが出来、今はソッカー部女子の一員としてサッカーを出来る喜びを感じています。

私は、67歳となった今もサッカーを続けている祖母、プレーヤーとしてではなく監督としてサッカーに携わり続ける父の姿を見て、サッカーを生涯スポーツとして捉えています。4年間のソッカー部女子での経験が私の長いサッカー人生の糧となる様、チームで掲げた一部昇格という目標に向かって日々精進して参りますので、今後共温かいご声援の程、宜しくお願い致します。

次は、私達の愛すべきマネージャー、総合政策学部4年の金ジョンウンさんにリレー日記を引き継ぎます。ご精読ありがとうございました。