リレー日記

2年 竹内瑞穂

2014.11.26

ホームページをご覧の皆様、こんにちは。ピッチ上ではいつもストイック、ピッチ外ではお茶目な面を持つ商学部4年副将佐々木優さんからリレー日記を引き継ぎました、理工学部2年竹内瑞穂と申します。

11月2日、慶應義塾体育会ソッカー部女子が一部昇格を果たした頃、私は山梨学院大学と戦っていました。今回はそんな私が東京大学ア式蹴球部女子として戦った大学リーグについて書かせていただきたいと思います。

東大の方から大学リーグ期間中に慶應から人を貸して欲しいと頼まれたのは夏休み前のことでした。その提案を受けて私と、同期の岡野史恵が東大の一員として大学リーグに参加することになりました。慶應と全く違う環境でサッカーをすることへの戸惑いは勿論ありましたし、果たしてこの決断がチームにとって自分にとってプラスになるのかも分かりませんでした。実際、私は決意を固めるまでにかなりの時間が掛かりました。私が決断出来たのは、既に行く決断をしていた同期・岡野史恵の存在と、周りからの後押しが大きかったと思います。その後、8月末から私達の東大での活動が始まりました。
さて、リーグの試合一戦一戦を振り返ると、本当に様々なことがありました。自分のミスから失点して負けた試合がありました。自分が得点して勝つことが出来た試合もありました。ゴールポストが勝利の女神の様に思えた試合もありました。慶應含め沢山の方に応援に来ていただいた試合もありました。スタッフ0人選手10人で戦い抜いた試合もありました。今振り返るとその一つ一つの試合が自分にとって良い経験になったと実感しています。
大学リーグのある試合の際、東大の福田監督からこんなお言葉をいただきました。
「このメンバーでサッカーが出来るのは奇跡的でとても幸せなことなのだ」と。
東大ア式蹴球部女子は私の大好きなチームです。人数は少ないですが、皆サッカーが好きで真剣に上手くなろうとしていました。それぞれが個性的ですが、チームとしてまとまっていて、慶應ともまた違った雰囲気の良いチームでした。そして何より沢山の人に応援していただいているチームでした。
慶應義塾体育会ソッカー部女子も、私の大好きなチームです。それぞれがチームの為を思って目標に向かっています。大学リーグ期間中、慶應から離れることもあった私達を快く送り出し、心から応援してくれる様な人達です。そして何より沢山の人に応援していただいているチームです。
ソッカー部に入ったきっかけは小さな偶然でした。そして、ソッカー部に入っていなければ東大と関わりを持つこともなかったでしょう。だからこんなにも好きになれて愛されているチームに2つも関わり、サッカーを出来ていることは「奇跡的」でとても「幸せ」なことなのだと思います。

東大でサッカーをしたこの経験は、私にとっては良いものであったと断言出来ます。しかし、ソッカー部女子というチームにとって良かったかはまだ何も言えないと思っています。それはこれから示していくしかないと思うのです。TEAM2014の最大目標であった「一部昇格」は達成されましたが、まだ東京都リーグの試合が残っています。そこで少しでもチームの勝利に貢献して参りたいと思います。この大好きなチームでサッカーが出来ることの「幸せ」を噛み締めつつ、日々精進して参りますので、これからもご指導ご声援の程、宜しくお願い致します。
次は普段は何を考えているのか分からないが、ピッチの上では抜群の技術と存在感を見せ付ける環境情報学部2年堀井美月にバトンを渡したいと思います。ご精読ありがとうございました。

4年 佐々木優

2014.11.18

リレー日記をご覧の皆様、こんにちは。同期の中﨑史菜からリレー日記のバトンを引き継ぎました、下田の食いしん坊こと、商学部4年副将佐々木優です。

そして、とうとう人生最後のリレー日記の担当が回って来ました。最後なので、あまり他の人には言ったことがなかった、私がサッカーをする上で大切にしている言葉を紹介します。

1.『キーパーである前に、一人のサッカー選手であれ』
これは高校時代の恩師から教わった言葉です。今時、足元のないキーパーなんて、需要はありません。だから、全身を使うキーパーはフィールドプレーヤーの何倍も練習する必要があるのです。その分、練習時間は長くなって当然です。

2.『出来ることは出来る、出来ないことは出来ない』
 『練習してないことが、今出来る訳がない』
これは、当たり前のことですが、大学2年の頃ようやく咀嚼出来た言葉です。男子部のキーパー練習に参加して行く過程で、何度もこの言葉に出会いました。男子の他の選手と比べ、技術も感覚も身体能力も劣っていた私は、キーパー練習では出来ないことだらけで、いつも足手まといでした。私が落ち込んでいる時に、周りに居たキーパー仲間やコーチにこの言葉をもらい、少し気が晴れたのを鮮明に覚えています。例えば、身長162㎝の私が、180㎝前後の男子部のキーパーと同じ大きさの、あの大きなゴールを守り切るということがどれ程大変なことなのか、それまでゴールを守ることに必死すぎて、思いも寄らなかったことを考えるきっかけをもらいました。出来ないことを、そのまま放置せず、そして、それと同じ位出来ることを100%出来る状態にするということを意識して取り組んで来ました。

そして、今までやったことがなくて、出来ないことがあるのだったら、嘆く前に練習する。というのも、それまでの人生で全然取り組んでこなかったことが出来ないのは当たり前で、その人の能力とか努力とかそういったものが否定された訳ではありません。出来ないことを認知出来たのなら、後はただ、それを取り組むだけです。

自分が、何が出来るかを考えることは、非常に大切なことだと思います。それは例えば試合中、自分の能力を遥かに超える様な無謀なプレーをせず、安定したプレーの供給に繋がります。
私の場合、ウィークポイントは、ドリブルが出来ない、フィールドプレーヤーとしての経験が浅い、サッカーをする時の頭が悪い、滑舌が悪い等です。ウィークポイントはまだまだ沢山ありますが、これ以上挙げると、これから対戦するチームに有益な情報を与えてしまうことになるので、これくらいにしておきます。そして、ストロングポイントは、低いパントキック、ロングキック、体の強さ、身体能力が高めであることです。
長所や短所がポジションによって変化することはあまりありません。だから、私は、どのポジションにいても自分の出来ることを最大限発揮することを考えます。一応好き嫌いはありますが、フィールドでもゴールキーパーでもどこでもプレーします。

と、偉そうに語ってしまいましたが、どれもこれも自分がやりたい、と思ったことを発信すれば、すぐに挑戦させてもらえる環境があったからこそのものだと思います。小学5年の時、いきなり両親に「サッカーしたい」と言ったあの日から、12年が経ちました。中学の男子サッカー部に女子1人で入部したあの日から、10年経ちました。ジェフユナイテッドのトップチームでキーパー練習したいと言ったあの日から6年が経ちました。練習試合で「キーパーでもどこでもいいから出してくれ」と言ったあの日から3年半が経ちました。男子部のキーパー練習に入れて欲しいと言ったあの日から、3年が経ちました。副将になる、フィールドプレーヤーもやると言ったあの日から9か月が経ちました。
いつも独断と、閃きで我儘を言って来ましたが、それを受け入れて下さった周りの皆様に感謝しています。サッカー人生もあと最長2か月強。短い期間ではありますが、感謝の気持ちを忘れずに日々トレーニングに励みたいと思っております。

一部昇格を決めたあの日から3週間を空け、23日から東京都リーグが再開します。史上初の関東リーグ昇格へ向け、チーム一丸となって精進して参りますので、変わらぬご指導ご声援の程、宜しくお願い致します。

次は、スカイツリーより遥か高くそびえ立つ、下田の天空塔こと、理工学部2年竹内瑞穂にバトンを引き継ぎます。

4年 中﨑史菜

2014.11.12

忘れられない、出会いがあります。
2011年4月。富山から出て来た私は、慣れない都会に戸惑いながらも慶應義塾大学の門をくぐり、一人ぼっちでガイダンスを受けていました。丁度数々のサークルや体育会が新入生勧誘に励んでいた時期。教室から出れば抱え切れない程の勧誘のビラを渡される…はずでした。大人び過ぎていて、新入生だと思われなかったのか、はたまた大学に迷い込んだ中学生に間違われたのかは分かりませんが、私は1枚もビラを渡されませんでした。楽しいキャンパスライフを夢見ていた私は、サークルに入ることすら出来ないのかとがっかりしていました。そんな時、後ろから声を掛けてくれた人達がいます。(正確には、一度前から顔を見て、女子であることを確認してから声を掛けてくれたそうですが)それが当時のソッカー部主将・杏奈さんと、我らが主将・原志帆です。前置きが長くなりましたが、今回のリレー日記はこの運命的出会いを果たした4年原志帆からバトンを受け取った、4年中﨑史菜が担当します。

忘れられない、得点があります。
私が1年生の時、4年生には私と同じ様に大学からサッカーを始めた先輩、香織さんがいました。その年のBlossom Leagueの試合は、殆ど香織さんと私のツートップ。しかし、二人共まだ試合でシュートを決めたことがありませんでした。迎えたBlossom League日本女子体育大学戦。クロスに香織さんが合わせ、公式戦初得点。振り返った香織さんの顔が既に涙に濡れていたことや、周りの選手が次々に駆け寄って行ったことを昨日のことの様に鮮明に思い出すことが出来ます。香織さんの初ゴールを1番近くで見られたことが嬉しく、そして、この1点が、4年間私を突き動かして来ました。

忘れられない、言葉があります。
ソッカー部の後輩に、同じ文学部で、名前に「ふみ」が付く後輩が2人います。私も含め、3人とも高校までは違うスポーツをしていましたが縁あってソッカー部でサッカーを始めました。(この3人で「ふみの会」を密かに結成しているのですが、文学部で唯一名前に「ふみ」が入らない後輩Rが怒りそうなのでここでは触れないでおきます。)「史菜さんがいなかったらソッカー部入っていませんでした。」2人のふみはこう言ってくれます。でも、私は2人を始めとする最高の後輩達に刺激を受けて、ここまで頑張って来られました。後輩達に「仲間になってくれて、ありがとう。」と伝えたいと思います。

忘れられない、一戦があります。
先日の関東大学リーグ文教大学戦。「絶対に出て活躍するから、見に来て下さい」と両親に手紙を書きました。富山から両親が日帰りで駆け付けてくれた試合当日、4年間共に戦って来た同期5人が、同じピッチに立ちました。同期の佐々木優からのロングパスを同期の原志帆が受けて、ロングシュート。それがバーに当たり(本人曰く、狙ったパスだそう)私の目の前に落ちました。これが、私の大学リーグ初得点に繋がりました。

忘れられない、応援があります。
TEAM2014の「一部昇格」を賭けた最大決戦、大学リーグ順天堂大学戦。会場は日吉駅から2時間のアウェイの地。そして当日は、毎回多くの塾生が足を運ぶ、野球部の早慶戦と被っていました。正直なところ、応援席を埋めることは出来ないだろうと思っていました。しかし、蓋を開けてみればホーム戦と変わらぬ数の応援団が駆け付けて下さり、中には関西から来て下さった先輩や後半ラスト5分のためだけに練習を終えてから来てくれた体育会の仲間もいました。間違いなく、ソッカー部女子は日本一応援されています。この応援の力が、私達を1部に導いてくれました。

私の4年間は、”忘れられない何か”で出来ています。そして、引退まで、一つでも多くの”忘れられない何か”に出会いたい、と思っています。
今月末には、Blossom Leagueの最終節を控えています。私にとって、とても思い入れのあるリーグ。この試合も、忘れられない一戦として、闘い抜いて見せます。
どうやらこのリレー日記が、私にとって最後のリレー日記の様です。4年間、リレー日記が回って来る度にその時々の気持ちをぶつけて来ました。今まで読んで下さりありがとうございました。書きたいことはまだ沢山ありますが、この辺りでバトンを渡すことにします。

次の担当は、1年生の時から自主練習に誘ってくれる心優しい同期、さすがの私も彼女の食欲には敵わない、4年副将佐々木優です。

4年 原志帆

2014.11.05

ホームページをご覧の皆様、こんにちは。ピッチでは大きな声で皆を鼓舞し、ピッチ外ではどれだけ面白いことを言って皆を笑わせられるかを常に考えているキャンパスアイドル、環境情報学部4年渡邊紗絵からリレー日記を引き継ぎました、環境情報学部4年、主将の原志帆と申します。

11月2日、最大目標であった関東大学女子サッカーリーグ「一部昇格」を達成することが出来ました。
「一部昇格した時に、そこで初めて原志帆が主将で良かったと思ってくれればそれで良い」と自分の覚悟を皆に伝え、チームが始動してから約10ヶ月。一戦一戦着実に結果を積み上げ、最終節で一部昇格が決まった瞬間は嬉し涙で一杯でしたが、それから時間が少し経った今、達成感以上に、『これで後輩達を1部の舞台でプレーさせてあげられる』とほっと一安心しているのが正直な気持ちです。ラストリレー日記ではこの1年間主将として目標達成までに感じたことを書かせていただきます。
TEAM2014のシーズンインから関東大学リーグがスタートするまでの数カ月、上手く行かないことも多く、主将という、チームを引っ張って行かなければならない立場故に悩む日も多くありました。 不安になりがちな私をその都度救ってくれたのは、「絶対一部昇格出来るよ!」「頑張れ!」「応援しているよ!」というOB・OGの皆様、家族、男子部の仲間、友人達、また、グラウンドのある下田地域の近隣の方々、グラウンドに併設している下田寮を管理して下さっている方々の、温かい言葉や笑顔でした。ポジティブな気持ちになり、背中を力強く押されました。
いつも視座が高く私の足りないところを温かく指摘して下さったスタッフの方々、どんなに苦しい時でも目標の為に一緒に頑張ろうと強い絆で4年間共に支え合って来た同期、そして上級生としての責任感、チームの為に考えたこと、思うことをしっかり発信し続けてくれた3年生、冷静に客観的に物事を見ることが出来、ものすごく仲間想いで仲間の為に頑張れる2年生、より良い練習環境の為に周りを良く見て気付いた事をすぐに行動し、最後までグラウンドに残って練習をしていた1年生。皆様に支えられ、ここまで来られたことを深く感謝致します。
一部昇格を果たし、応援し支え続けて下さっている方々へしっかりと結果で恩返しすることが出来、大変嬉しく思います。更に、今後控えている東京都リーグでも優勝し関東リーグ昇格を果たすべく、残された時間全力を尽くします。今後共温かいご声援の程、宜しくお願い致します。

続いては、大学から東京に上京しても決して都会には染まらない、故郷である富山県をこよなく愛し続ける文学部4年中﨑史菜にリレー日記を引き継ぎたいと思います。
ご精読ありがとうございました。