リレー日記

待望の日々(1年藤田椰也子)

2018.05.24

ホームページをご覧の皆様、初めまして。今回リレー日記を担当させていただきます、経済学部1年の藤田椰也子と申します。
大学に入学して、もう少しで2ヶ月が経とうとしています。初めてのことにドキドキワクワクしていた大学生活が日常に変わりつつあり、少し寂しく思います。

私は、ソッカー部女子に入部する為に慶應義塾女子高等学校を目指しました。晴れて合格し、スマートフォンを手に入れて早速女子ソッカー部のリレー日記を読み漁りました。素晴らしい文章を書き連ねる先輩方を見て、ますます格好良さと憧れを感じたことを今も覚えています。
そんな憧れでいっぱいのリレー日記をとうとう任されることになり、「遂に…!」というワクワク感と緊張で落ち着きません。
今回は、そんな私のこれまでについて書かせていただきます。

残念ながら高校にはサッカー部がなかった為、高校時代は東京都にあるSOCIOS.FCに所属していました。しかし、私は高校1年生の終わりと高校2年生の終わりに前十字靭帯を断裂してしまいました。その影響で高校2.3年生の殆どはサッカーの出来ない日々を過ごしました。それまで怪我とは無縁だった私は、”サッカーが出来ない”という環境がこんなにも苦しいことであることが理解出来ていませんでした。特に2回目の断裂時には主治医の先生にも「もうサッカーは辞めて、安全な競技をやった方が良い」と勧められました。そこまで言われても尚サッカーに拘り続けたのは、慶應ソッカー部でサッカーをする、という強い決意があったからだと思います。何ヶ月にも渡るリハビリは、時には辛いと感じてしまうこともありましたが、受験がなく思い切りトレーニングに専念出来たことや、大学でサッカーを続けられる環境が待っていたことでどうにか乗り越えることが出来ました。
また、1度目のリハビリを反省し、2度目のリハビリは怪我をしない体作りをとことん追求しました。2度リハビリを行ったからこそ、自分自身をもう一度見つめ直すことが出来ました。
そして今年の2月に無事復帰し、改めてサッカーの楽しさ、面白さを感じています。そして、元気にサッカーが出来ることに幸せを感じます。復帰後は、自分のイメージと現実の差に驚き、なかなか練習についていけませんでしたが、優しく声を掛けて下さる方々のお陰で日々練習に励めているのだと思います。

入部して2ヶ月、チームはなかなか勝利出来ない状況でありますが、「早慶戦初勝利」「インカレベスト4」という目標を達成するべく、日々取り組んで参ります。自分自身は、とにかく最も高いパフォーマンスが出来る状態へ、早く戻れる様に精進して参ります。
また、素敵な先輩方と大好きな同期に囲まれ、憧れのソッカー部でサッカーをするこの贅沢な環境に慣れることなく、貪欲に自分の目指すサッカーを追求していく所存です。
拙い文章になりましたが、最後までご精読頂きありがとうございました。

今までの私とこれからの私(1年平田朋)

2018.05.17

 ホームページをご覧の皆様、初めまして。この度リレー日記を担当させていただきます、環境情報学部1年の平田朋です。初夏を感じる気候になってきましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。初めてのリレー日記ということで、これまでの私について書かせていただきます。

 私は4歳から始めたサッカーを、15年間続けています。父が高校時代までサッカーをしていたこと、私の姉と兄がサッカーを始めたこともあり、気が付けば私もボールを蹴っていました。それから、平日はスクールやトレセン、週末は試合、友達と遊ぶ時もサッカーといったサッカー漬けの毎日が始まりました。小学校4年生までは地元の栗東FCというチームに所属していました。しかし、より高いレベルでプレーしたいと思い5年生からは山田JFCという実家から少し離れたクラブチームに通っていました。中学時代は兄が所属していたYASUclubU-15という男子チームに所属し、高校は兵庫県にある全国優勝常連校の日ノ本学園高等学校に入学し3年間寮生活をしていました。高校3年間は決して楽なことばかりではなく、毎日死に物狂いで闘っていました。本当に3年という数字では表すことが出来ない程濃い時間を過ごし、多くのことを学ぶことが出来ました。逃げたいと思うことは何度もありましたが、仲間と共に切磋琢磨し日本一の景色を見ることが出来た時は、何よりも嬉しかったです。

 卒業後の進路選択は本当に迷っていました。しかし、練習参加した際に、学年問わず厳しく闘っている姿やチームの雰囲気を見て、私もソッカー部女子の一員となり「インカレベスト4」「早慶戦初勝利」という2つの目標を先輩方と共に成し遂げたいという強い気持ちを持ちました。最終的に、サッカー選手としてだけでなく、1人の人間として私自身が最も成長出来る大学は何処なのかと考え抜いた末に、慶應義塾大学への進学を決断しました。

 今の私はサッカーの面だけでなく勉学の面、精神面等多くの部分でまだまだ未熟です。しかし、日々精進し自分の目標に向けて沢山の知識と経験を積み、成長していきたいと思います。また、「自分づくり」「仲間づくり」「感謝の心」を常に意識して過ごし、どんな状況が続いても、仲間と共に目標に向かって切磋琢磨し、自分を信じて努力し続けていきたいと思います。
拙い文章でしたが、最後までご精読ありがとうございました。
今後共温かいご声援を宜しくお願い致します。

悔しさをバネに(1年高月彩香)

2018.05.10

 リレー日記をご覧の皆様、初めまして。
この度リレー日記を担当させていただきます、環境情報学部1年の高月彩香と申します。いつの間にか日中は汗ばむような季節となりましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。私は大学という新しい環境に慣れ始め、文武両道を目指し充実した日々を過ごしています。
今回は初めてのリレー日記になる為、私のこれまでのサッカー人生について書かせていただきます。

 私がサッカーを始めたのは、小学校3年生の時でした。もともとは弟がサッカー、私は音楽に励んでいました。しかし、気付いた時には私がサッカー、弟が音楽に逆転し、今も尚真逆の方向へと進んでいます。小学生の時はJSC-CHIBAという男子チームに所属し、サッカー漬けの毎日を送っていました。ただただサッカーをすることが楽しく、夢中だった様に思います。中学生からはFC.VIDAという女子チームに所属し、チームメイトやスタッフにも恵まれ、濃い3年間を送ることが出来ました。今もまだ未熟ではありますが、私の様な背も低く足も速くない選手でも生きていく術を学び、ここに私の原点があると言えます。

 中学卒業後、私は村田女子高校サッカー部に入部しました。クラブチームとは一変し戸惑うことも多くありましたが、3年生の時にはチームの主将を務めさせていただきました。主将を務めた中で辛いこともありましたが、チームメイトや監督、スタッフ、そして家族に支えられ、自分自身何よりも成長出来た3年間だったと思います。しかし、その中でも結果を残すことが出来なかったという悔いもありました。この悔しさをバネに、次のステージでは結果を残したいという思いを胸にし、私はソッカー部女子に入部しました。

 入部から1ヶ月が経ち、開幕からの連敗や自身の怪我等今は上手くいっているとは言えない状況にあります。ですが、全てはここからです。今の悔しさを絶対に忘れず、1日1日を大切に取り組んでいきます。そして、「インカレベスト4」「早慶戦初勝利」という目標を目指し、チームとしても個人としても日々成長していける様精進して参ります。

 拙い文章ではありましたが、最後までご精読いただきありがとうございました。今後共応援の程宜しくお願い致します。

ソッカー部に懸ける想い(1年中井里衣子)

2018.05.04

 ホームページをご覧の皆様、初めまして。この度、初めてリレー日記を担当させていただきます、総合政策学部1年の中井里衣子と申します。

 さて、本塾に入学し、下田グラウンドに通う日々が1カ月経とうとしています。今回は私が本塾に懸ける想いをお話しようと思います。
私は小学生の頃、4歳年上の兄の影響でサッカーを始めました。ソッカー部に入りたいと思ったのも、兄が本塾ソッカー部に入部したことによって芽生えた感情だと思います。兄の入学早々、(私は中学3年生)試合を観戦しに下田グラウンドを訪れました。黄色いユニフォームを身に纏い、闘っている部員の方々はとてもキラキラ輝いていました。部員同士の仲の良さも上下関係なく、遠くから見てもとても良いことが分かりました。同じ日に下田グラウンドでは女子部の試合もあり、観戦しました。試合では必死になって闘う姿が本当に素敵でしたし、試合が終わると男子部同様、学年関係なく仲が良く、とても楽しそうにサッカーをしていました。この日、女子部員の方々の姿を見て「私も必ず慶應義塾大学に入学し、ソッカー部の一員になりたい!!!」という想いが湧き上がりました。
 中学3年生だった私は、高校の進路先について悩んでいました。中学は日テレ・メニーナ・セリアスに所属しており、高校は日テレ・メニーナには上がれない現実から、高校サッカーに進むか、アメリカに留学するか迷っていました。そんな時、作陽高校の池田監督の存在を知り、この監督の元で再び全国優勝を経験したい(小中全国優勝)と思い、親元を離れ岡山県に行くことを決めました。そして慶應義塾大学を目指すという目標を立てました。
たまたま兄の同期に、前主将の野村智美さんがいらっしゃり、作陽高校のOGであったことから、お話もたくさん伺いました。そして作陽高校を受験し、智美さんの様になりたいと憧れを持ちました。作陽高校では寮生活ということもあり、想像を超える辛い日々でしたが、高校最後の全日本高等学校女子サッカー選手権大会で準優勝出来たことで努力が報われた気がしました。
作陽での日々は、今まで生きてきた中で一番濃い3年間でした。

 大学進学については、中学3年の時に下田グラウンドで黄色いユニフォームを見た時から本塾しか考えられませんでした。落ちた時の事も考えましたが、「私には慶應しかない」という想いと、池田監督が「他は考えるな」と後押しして下さったことから、一本に絞る覚悟を持てました。
 そして今年度、無事入学することが出来、憧れのソッカー部に入部出来たことを心から嬉しく思い、黄色いユニフォームを着て試合に出場出来ることに毎日ワクワクしております。
 今年度は1部リーグという先輩方が築いて下さった素晴らしい舞台で試合が出来ております。チームとしてなかなか上手くいかないことも多いですが、「早慶戦初勝利」「インカレベスト4」という目標を達成するべく、全力で闘い抜いて参ります。個人としても、「常に全力、常に笑顔」という言葉をモットーに日々成長出来る様精進して参りますので、今後共応援の程宜しくお願い致します。
拙い文章になりましたが、最後までご精読頂きありがとうございました。

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