リレー日記

『なにがあっても逃げない』(1年髙橋佳里)

2019.06.20

ホームページをご覧の皆様、初めまして。

普段のマイペースさからは想像出来ない、キレッキレのテクニックと豊富なアイディアで相手を翻弄しまくる、同期の秦野くるみからバトンを引き継ぎました。総合政策学部1年の髙橋佳里と申します。

今回、私にとって初めてのリレー日記ということで、これまでのサッカー人生を踏まえ、これからの目標について書かせていただきます。

私は、6歳の時に近所の友達がボールを蹴りながらサッカーの練習に通う姿に憧れを抱いたことがきっかけでサッカーを始めました。それからの日々は、学校に行く前にまずボールを蹴り、休み時間にもサッカーをし、学校が終わってからもサッカーをするといった、とにかくサッカーしかしない毎日を送っていました。ただただ純粋に友達とボールを蹴ることが楽しく、どこに行くにもサッカーボールをとりあえず持参するような子どもでした。

その後、中学時代は部活動とクラブチームを掛け持ちしながらプレーをし、高校は常盤木学園高校に進学しました。常盤木で何より成長したと思うことは人間力だと言えます。阿部先生は、第一に人としての在り方を大切にしており、講演会や地域清掃への参加や討論会を行うなど、多くの貴重な機会を提供してくれます。そのおかげで、人間力が高まると共に、自分自身のブレない軸を形成することが出来ました。
しかし、1つ後悔があり、常盤木はそれまで所属していたチームとは大きく異なり、多くの部員が在籍し、毎日がセレクションのような練習でした。その為、現状よりも悪い方向へ行くことを恐れる自分がいて、大きな挑戦をせず、現状維持に走ってしまうことが多くあったような気がします。当時私はこうした状況を理解していたのにも関わらず、時間が解決してくれる、どうにかなると傍観者となってしまい、自分から解決に向かう行動を起こすことが少なかったように思えます。

だからこそ、私は大学生になるにあたって、「なにがあっても逃げない」という目標を掲げました。大学生活はこれまでとは環境も大きく異なり、経験したことのない事柄で溢れています。さらに直面したことのない苦難や逆境が訪れ、上手くいかないことが増え、逃げ出したくなるかもしれません。しかし、自分を変えたいといった思いがあるなら、立ち向かっていくしかなく、現状に目を背けている暇もありません。自分が目指す目的や意味を再確認し、現状を受け入れ、解決策を探し出し、変化を恐れることなく、自分から行動していきます。そして、出来なかったことが出来るようになる楽しみを噛み締め、4年後、このリレー日記を読み返した時に、胸を張って「昔の自分とは比べ物にならないくらい成長した」と言える様、これから4年間精進して参ります。

授業が終わると共に即帰宅し、下田グラウンドに向かう日々がもう既に二ヶ月が過ぎました。ソッカー部女子という高いレベルの一員となり、毎日沢山の刺激を受け、自分の未熟さを実感しています。この素晴らしい環境に感謝し、一分一秒無駄にせず、チームの為、勝利の為、成長し続けていける様、努めて参ります。

拙い文章になりましたが、最後までご精読いただきありがとうございました。

『これまでのサッカー人生』(1年秦野くるみ)

2019.06.12

ホームページをご覧の皆様、初めまして。

強靭なフィジカルとスプリント力を活かし攻守において存在感を放つ、同期のブラフフェイよりバトンを引き継ぎました、総合政策学部1年の秦野くるみと申します。

今回は初めてのリレー日記ということで、私自身のことについて綴らせていただきます。
拙い文章ではございますが、最後までお付き合いいただけると幸いです。

私は2人の兄の影響でサッカーを始めました。
小学校6年間は地元のサッカーチームで男子と一緒にプレーをしました。決して強いチームではなく、小学校卒業後にサッカーを続ける人は2、3人程のチームでした。しかし、OBである大学生が何人もコーチとしてチームに戻って来てくれる、とても温かいチームの下で6年間サッカーをしました。今振り返れば、コーチも一緒になって常にみんなでサッカーを楽しむあの環境だったからこそ、純粋にサッカーを楽しみ成長することが出来たのだと思います。

中学3年間は日テレメニーナに所属しプレーさせていただきました。
素晴らしい環境の下、レベルの高い選手たちと日々プレーすることが出来ました。
ここでの3年間を経験出来てよかったと強く思います。

高校3年間は藤枝順心高校でプレーさせていただきました。ここでの3年間は、日々様々なことを感じながら過ごしました。中学時代とは環境が変わったことで視点も変わり、新しい考えを持つようになりました。周りから様々なことを感じ、考えさせてくれた環境や、多くの部員がいて学年を問わず沢山の仲間に出会うことが出来た3年間は私にとって貴重な3年間となりました。

そして現在、ソッカー部女子に入部して3ヶ月が経ちました。
まだまだ始まったばかりで、これから先のソッカー部女子での生活が私にとってどのようなものになるのか想像が付きませんが、素晴らしい環境でサッカーが出来ていることに心から感謝し、一人の部員として、まだまだ未熟ではありますが、何かで、何処かでチームに貢献出来る存在になれる様、精進して参ります。

拙い文章でしたが最後までご精読いただきありがとうございました。

『変化』(1年ブラフフェイ)

2019.06.04

ホームページをご覧の皆様、初めまして。

抜群の技術と俊敏さでピッチを駆け回り、身体は小さいが大きな存在感を放つ4年主務の松木里緒よりバトンを引き継ぎました、文学部1年のブラフフェイと申します。

今回は初めてのリレー日記ということで、私のこれまでについて書かせていただきます。

私は小学校4年生の時に双子の妹と一緒にサッカーを始めました。その頃は私がフォワードで、双子からパスを受けてシュートを決めるというパターンで、楽しくサッカーをしていました。中学1年生からは共にスフィーダ世田谷FCユースに入団し、6年間プレーをさせていただきました。ユース時代、私の双子がキャプテンを任されることが多く、コーチやチームメイトから信頼を集める一方で、私は小学校時代と変わらずシュートを決めることだけを考えてプレーをしていました。高校に上がってからは、試合に出られないことや怪我をしてしまうことが多くなり、双子とも比べられ、悔しい思いをすることが増えました。その後、高校3年生の時にコーチに勧められ、ディフェンダーとしてプレーをするようになりました。この最後の一年間で、責任感や広い視野が必要だということを学びました。私の可能性を広げてくれたコーチ、最後まで私のことをサポートしてくれたチームに感謝しています。
進路を決定する際には、コーチが「双子と別々のチームでプレーした方がいいんじゃない?」と助言してくれました。私自身も、プレーやチーム内のコミュニケーションにおいて双子に頼りすぎていてこのままでは良くない、自分の状況を変えなければならないと感じていたので、コーチの助言が後押しになりました。
その後、以前から気になっていたソッカー部女子の練習に参加させていただき、学年問わず仲が良く、練習内容が面白かったことに加え、部員が常に新しく面白い事に挑戦してチームを作り上げている雰囲気に惹かれました。私はソッカー部に入部したいと強く思い、受験を慶應一本に絞る決意をしました。「フェイは本物のバカだな」と親にもコーチにも先生にも言われましたが、今までのことをここに書きながら自分はもしかしたら本当にそうなのかもしれないと思い始めています。しかし、そう言いながらも応援してもらえたことで今、私はソッカー部でプレー出来ているのだと思います。

ソッカー部女子の一員になって早くも3ヶ月が経とうとしており、素晴らしい環境、チームメイトに囲まれ丁寧な指導の下で自分の弱さや課題を感じる日々を過ごしています。双子とチームメートではなくなるということは不思議な感覚でしたが、少しずつ環境にも慣れてきています。今は双子と一緒にプレーしていないので、選手個人として比べられることは少なくなりました。しかし双子が早稲田大学でプレーをしており、チームとして比べられる環境にあります。だからこそ、「自分が頑張る、自分が負けない」という想いだけではなく、「チームのために全力で頑張る」という意識がさらに強くなっています。自分の行動に常に責任を持ち、私を応援して下さっている方々、ソッカー部女子を応援して下さっている方々、そしてチームの勝利の為にピッチ内外で全力を尽くします。

拙い文章になりましたが、最後までご精読頂きありがとうございました。

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