リレー日記

『楽しくて仕方ないから』 (1年野田明日香)

2020.07.29

IMG_0659ホームページをご覧の皆様、初めまして。

ピッチ内で見せる頼もしい姿とは裏腹に、普段は天然な発言で周りを置き去りにする同期の福岡愛実からバトンを引き継ぎました、総合政策学部1年の野田明日香と申します。

初めてのリレー日記ということで、今回は私自身のことについて綴らせていただきます。

「痛くないの?」「怖くないの?」これまでキーパーをやってきて数え切れないほど聞かれました。もちろん痛いです。怖いです。できることならそんな痛くて怖い思いはしたくありません。それでも私がキーパーをやり続けるのは、「楽しくて仕方ないから」という至ってシンプルな理由です。

私がキーパーを始めたのは中学生の頃でした。自分からキーパーを志願したわけでもなく、最初は監督やコーチの勧めでなんとなくやってみた程度でした。自分の意志もないまま、ただただメニューをこなしていく。正直、キーパーを始めた当初は全く楽しくありませんでした。トレセンも何度か経験させていただきましたが、当時はまだ周囲の大人の意見に流されていた部分が多くあったように思います。

十文字高校サッカー部で3年間プレーしたことが自分のキーパー人生の中で大きな分岐点になりました。試合に出ることもなかなか出来ず、試合に出たとしてもミスを恐れ思うようにプレーができない。自分はこのままサッカーをやっていて意味があるのか悩む日々が続きました。それでもキーパーを続けることができたのは、真摯に向き合って下さるキーパーコーチや自主練に付き合ってくれる同期の存在があったからでした。たった1回、自分が意図したようにシュートを止めることが出来た、ビルドアップすることが出来た。私にとってキーパーを楽しいと思うようになるには、そんな些細な達成感だけで十分でした。ミスを恐れ自らの保身に走ることから、ミスは成長するための過程に過ぎないと捉えられるようになったことが、自分の中でキーパーの楽しさに気付く大きなきっかけとなりました。

ソッカー部女子の一員となってから早くも4ヶ月近くが経過し、段々とチームの雰囲気にも慣れてきました。まだまだ未熟な私を真剣に指導して下さるキーパーコーチをはじめとするスタッフ陣、自主練の時に「それ試合の時に打ってよ…」と思うほどの華麗なシュートをドヤ顔で決めてくる偉大な先輩方、まだ出会って数ヶ月とは信じられないほどの個性豊かな同期といったように、恵まれた仲間と環境のもとでサッカーをすることができています。この恵まれた環境に感謝しながら、TEAM2020の目標である「インカレ出場」「早慶定期戦初勝利」の達成に向け、日々成長していきたいと思います。

皇后杯予選に敗れ、次に控える公式戦は8月22日の関東女子サッカー2部リーグ、武蔵丘短期大学戦となります。まず目の前の勝利を目指し、「想力」のスローガンのもと精進して参ります。今後共ソッカー部女子への温かいご声援の程宜しくお願い致します。

拙い文章ではありましたが、最後までご精読いただきありがとうございました。

『初心を忘れない』(1年福岡愛実)

2020.07.17

IMG_0660ホームページをご覧の皆様、初めまして。
この度リレー日記を担当させていただきます、環境情報学部1年の福岡愛実と申します。今回は私にとって初めてのリレー日記ということで、これまでのサッカー人生について書かせていただきます。

私は9歳の頃に、2人の兄の影響を受けて、地元の男子チームでサッカーを始めました。放課後も毎日ボールを追いかけ、純粋に友達とサッカーをしていることが楽しかったです。高学年になってからは女子チームにも入り、女子チームの練習後に男子チームの練習に向かうなど、サッカー中心の生活を過ごしました。そこで、関東大会や全国大会を経験し、改めて試合に勝つことの喜びや楽しさを感じるようになりました。

その後、中学・高校時代は横須賀シーガルズというクラブチームでサッカーをしました。シーガルズで過ごした6年間は、色々な経験をし、本当にかけがえのない時間を過ごすことが出来ました。特に高校3年生の時には、トップチームであるニッパツ横浜FCシーガルズに2種登録して頂き、練習や試合などを通して、レベルの高い環境に身を置いてプレーすることで、沢山のことを吸収することが出来ました。
また、キャプテンを務めるなかで、自分のことだけでなくチームのことを考えて行動する場面が増え、人としても成長することが出来たと思います。上手くいかないことは何度もありましたが、高校最後の年には、中学生の頃から目標であった全国大会に出場することが出来ました。点を決めたときや試合に勝ったときに、仲間や監督、コーチ、応援してくれる方々と全員で喜び合った瞬間は、すごく嬉しかったので今でも鮮明に覚えています。その大好きな瞬間を味わうために、これからも日々後悔しないように頑張ろうと強く思いました。全国大会では4位という結果で終わってしまいましたが、その際にサポーターの方から「あきらめない勇気を貰った」という言葉をかけていただきました。私たちががむしゃらにプレーをする姿を見て、そのような言葉をかけていただいたことは、結果以上に価値のあるものだったように感じます。
そして、シーガルズで過ごした6年間で1番の財産は、たくさんの人に出会えたことだと思います。同期はもちろん、先輩・後輩を問わず大切な仲間や、監督、コーチ、トップチームの方、保護者の方々など、自分を応援してくれるたくさんの支えがあったから、辛いことも乗り越えて、最後までやり抜くことが出来ました。

そして現在、ソッカー部女子に入部して早くも4ヶ月が経とうとしています。新型コロナウイルスの影響があり活動ができない期間もありましたが、今サッカーが出来る環境や、支えてくださる方々への感謝を忘れず、現状に満足することなく、日々精進したいと思います。まだまだ未熟な私ですが、少しでも成長し、ソッカー部女子の一員としてチームに貢献できる様、精一杯務めて参ります。今後共、ご声援の程宜しくお願い致します。

拙い文章でしたが、最後までご精読いただきありがとうございました。

『ありがとう』(4年工藤真子)

2020.01.20

ホームページをご覧の皆様、こんにちは。

鋭いシュートとセンス抜群のボールコントロールを武器にゲームメイクをし、ピッチ内外共にチームを鼓舞し続けてくれた勝木日南子からバトンを引き継ぎました、今シーズン主将を務めました総合政策学部4年の工藤真子と申します。彼女は私が自信を失っている時も「まこはひなには出来ないことたくさん出来るんだよ」と勇気付ける声を掛けてくれて、この1年間本当に彼女に助けられ、私を奮い立たせてくれました。彼女のおかげで1年間主将をやり切れたのだとしみじみと感じております。本当にありがとう!

そして主将という役職を務めて強く感じる周りの方々のサポートの大きさ・偉大さに本当に感謝しています。また、今シーズン不甲斐ない結果が続く中でも変わらぬご支援ご声援をくださり、この場を借りて、ソッカー部女子に関わる全ての方々に感謝申し上げたいと思います。
 
さて、引退して約1ヶ月が過ぎ、週6日の練習やミーティング等、私の大学生活の中心がソッカー部であった日々が終わり、今になってその当たり前だった日常が何にも代え難いものであったなと感じております。

最後のリレー日記ということで何を書こうかと悩みましたが、自分の人生史上一番濃い年であっただろう2019年シーズンを振り返りたいと思います。まとまりがなく拙い文章ですが、一生懸命書いたので最後まで読んでくださると嬉しいです。それでは参ります。

 

主将として迎えた大学ラストイヤーは間違いなく私の人生で一番大変な年であった。シーズンイン開始前から、とにかくミーティングを重ねた。目標設定や、幹部決め、係、キーパー決め、スローガンなど挙げればキリがないほど一人ひとりがしっかりと考え決めなければいけなかった。「インカレ優勝」という創部史上最も高い目標を掲げてスタートし、誰しも最初はその目標に対してワクワクとした感情を抱く。「今年こそは!」そう意気込んで私たちは目の前のことを必死に取り組んだ。だが、勝負の世界はそんなに甘くなく、チームは上手くいかないことばかりであった。関東リーグ前期シーズンを1勝6敗で終え、沈むチームの雰囲気も良くすることが出来なかった。チームを引っ張らなきゃという気持ちが強くなる程、自分のプレーに集中できず、空回りをしてしまい私が理想としていた背中で引っ張るようなパフォーマンスはできなかった。あれほど心震わせたサッカーは、いつしか主将の重圧や責任によって、心を押しつぶす重荷のようになってしまっていた。「何で主将になったんだろう」「主将を辞めたい」これらの感情が付きまとい、純粋にサッカーというものを楽しめずにいた。それでも、もがき続けた。練習時間を削って学生だけでミーティングをしたり、もう一度自分たちがインカレ優勝を目指す目的を話し合い、ようやく夏休み辺りからチームとしてのまとまり、やってきたことが形になってきたところだった。そして期待と不安の入り混じった関東大学1部リーグ。またも絶望を味わうこととなった。負けることによってやってきたこと全てが否定されたようだった。試合の内容は悪くないのに最後の勝負どころで勝ちきれない。またも悪い流れを変えられない、キャプテンとして自分の無力さを痛感した。それでも試合後には試合の反省をし、次の試合に向かって切り替えて準備をしなければならない。悔しくて眠れない夜も、ミーティングの内容を考えた日も、1日中試合のビデオを観た日も、何度もあった。そんな中でまたサッカーが嫌になり練習に行くのが辛い日もあった。だが練習が始まれば常に先頭にいなければならない。時の流れは残酷だ。どんなに追い込まれていても刻一刻と進んでいく。

だけど、そんな日でも、絶対に辛そうな顔はせずに、誰よりもサッカーを楽しむ気持ちだけは絶対に忘れないでいようと心に決めていた。キャプテンの感情や行動はどんな形であれチームに影響を及ぼすからである。実際にそれが出来ていたかというと全てがそうではないと思うが、毎日そういう気持ちで練習へ行っていた。

でも、どんなに悩んで練習に行った日でも、グラウンドへ向かって練習をすれば気持ちを切り替えることが出来た。ドリブルで相手を抜く瞬間、相手からボールを奪う瞬間、ゴールの瞬間は、すべてを忘れて夢中になることが出来た。そして何より、グラウンドの周りにはたくさんの仲間がいた。自分の時間を削ってまでビデオを細かく分析しアドバイスを下さる監督やコーチ、夜遅くまで選手たちのケアをしてくれるトレーナー、有り得ない程の仕事量にも関わらず見えないところで働いてくれているチームメイト、試合に出たい気持ちを押し殺して必死にベンチから熱く声を出してくれるチームメイト、強い情熱をもち身体を張ってプレーするチームメイト、仲間のミスをカバーしてくれる頼もしいチームメイト、練習後ロッカーでふざけ合うチームメイト、などなどここには書き切れない多くの人に勇気をもらったから、頑張ることができた。自分を奮い立たせてくれた。そうして、皆がいたからこそ不器用ながらも前を向いて進み続けられた。

そして迎えた大学リーグ入れ替え戦、3-1で流通経済大学に勝つことができ、私たちは一部残留を決めた。心の底から、魂が震える戦いができ、苦しい想いをし続けた分、あの勝利は私の人生で一番嬉しい瞬間だった。インカレ優勝という目標には遠く及ばなかったけれど、この一年、チームも自分自身もシーズン当初とは比べ物にならないほど成長することができたと思う。
 
こうして振り返ってみると、楽しいことや嬉しいことよりも辛いことや悔しいことを圧倒的に多く経験してきました。それでも、もがきながらも戦い続けたこの一年間に、悲しみや後悔の感情は一切ありません。そして何より私ひとりでは何も出来ず、皆がいたからこそ主将を一年間やり抜くことができました。本当に感謝しています。

「みんな、ありがとう」
 

そして、最後に後輩たちにメッセージを書き記させてください。
 
これからも絶対に上手くいかなくて、もがき苦しむことが多々あると思います。きついとは思いますが、絶対に諦めないで、もがき続けてください。困難を乗り越える過程で得た自信、その先に見える景色は自分の財産になるはずです。早慶戦初勝利、インカレ優勝の景色はどんなものなのでしょうか。それにもう一度チャレンジ出来るみんなが本当に羨ましいです。苦しい思いをし続けて、それでやっと果たした一部残留。この一年間での経験はとてつもなく貴重で、他のチームでは出来ないことだったと思います。この一年間で積み上げた全ての経験が必ず皆の血となり肉となり、苦しい時に力を与えてくれるはずです。今シーズン、負けることの悔しさ、勝つことの喜びをどのチームよりも味わったと思います。だからこそ、どのチームよりも勝利には飢えていると思うので、その想いをピッチで体現してください。期待しています。
 

これで、TEAM2019のリレー日記は私でゴールを迎えました。
そして、ゴールテープを切った今、TEAM2020の新たな始まりです。
みんなの活躍、心の底から楽しみにしています。
長くて拙い文章でしたがご精読ありがとうございました。
これからも塾ソッカー部女子への変わらぬご支援ご声援の程、宜しくお願い致します。

『多謝』(4年勝木日南子)

2020.01.14

ホームページをご覧の皆様、明けましておめでとうございます。
昨年は、TEAM2019 に多大なるご支援とご声援をいただき、誠にありがとうございました。

2019シーズンは勝てない試合が多く、苦しい時期が続きました。しかし、どんな時でも会場に駆けつけてくださり、応援してくださる皆様の声援が、私たちの背中を後押しし、苦しいときのもう一歩を前に踏み出させてくれました。この場を借りて深く御礼申し上げます。

申し遅れましたが、今回のリレー日記を担当させていただきます、総合政策学部4年副将の勝木日南子と申します。アジリティが抜群に高く、卓越したテクニックと小ささで多くの人を魅了してきた主務の松木里緒よりバトンを引き継ぎました。実はよく、試合中に反対サイドにいる里緒のポジショニングをチラ見して参考にしていました。ありがとう!笑

さて、引退してサッカーからすっかり離れ、部活に明け暮れていた毎日を思い返し、私がサッカーから得たことやサッカーが無い自分に残されたものは何かをよく考えます。残念なことに、明確な答えはこれといって出てきません。(冒頭から申し訳ありません。) ただ、ポツリポツリと、色々な人の顔が思い浮かんでくるのです。色々な人の顔が頭に浮かんできた時、それと同時にそこにあった想いが呼び起こされます。これこそが、私のこの1年間や大学サッカーをした4 年間、そして小さい頃からずっと続けてきたサッカー人生の全てを表しているのではないかと身に染みて感じています。

1年前のシーズンイン前、「もうこれ以上ここで学ぶことはない。引退する時、4年間やり遂げた達成感だけに浸って終わるような時間の過ごし方をするくらいなら、他のことをする方がよっぽど価値が高い。」と生意気に言い放ち、部を辞めようとしたことをはっきりと覚えています。そこから紆余曲折を経て、シーズンが始まってみれば副将になり、案の定、悪戦苦闘の日々を過ごしている自分がいました。サッカー面でもそれ以外でも、信じられないくらい無力な自分に嘆き、憤り、落胆しました。理想を追い求めることと、現実を直視することの狭間でもがき続けました。

しかし、その度に自分自身を奮い立たせ、もう少し、もう一回、私にやれることをやってみようと取り組みました。本当に多くの、色々な人に支えられながら。

私には、社会の理不尽さを叫び全ての怒りをぶつけても、本気で一つ一つ正面から答えてくれる父がいます。どんな時も一番に寄り添い、喜びや苦しさを共に噛み締めてくれる母がいます。道を切り開き、言葉で表現し、背中で体現してくれる兄がいます。私の存在を全肯定し、すぐに駆けつけてくれる親友がいます。信じることの強さと優しさを教えてくれる心友がいます。結果を出すには地道な努力が絶対不可欠なことを示してくれている幼馴染がいます。どんな時も前を向いてやり続けることの大切さを語りかけてくれる恩師がいます。色んな角度 から世界を切り取って見せてくれる愉快な仲間がいます。人は、一人では生きられないことを存分に学びました。

私には、失敗を恐れるよりも、果敢に挑戦する方がカッコ良いと感じさせてくれたスタッフがいます。肩の力を抜いて、私らしく表現することを後押ししてくれた先輩がいます。人は違うからこそ魅力がたくさんあることを再確認させてくれた同期がいます。目標を目指して、力強く走り続ける元気をくれた後輩がいます。サッカーは、一人では出来ず、チームに関わる全ての人の力を総結集して初めて 勝利を目指せるということを学びました。

そして今は、1 年前にサッカーを辞めずにいて良かったと心から思えます。ここに書ききれないほどの沢山の人への感謝とその時抱いた想いが、私の人生の宝物になりました。本当にありがとうございました。これからも多くの人に支えられながら生きていくと思いますが、今度は、私自身が少しでも誰かを支えられるようになりたいと強く思います。

では、TEAM2019最後のバトンを工藤真子に繋ぎます。12/8の引退試合にて、最初にして最後の同サイドでプレーしたのですが、彼女の頼もしさには改めて驚かされました。彼女が大きくボールをクリアする瞬間に間近で背中に感じる恐怖感は、皆様ぜひ体感して欲しいものです。かと思いきや、何でもない小さなクリアを私の後頭部に当てて笑う、なんとも憎めない愛されキャラのキャプテンです。この1年間、チームの顔として闘ってくれてありがとう。最後、頼みます!

⻑く拙い文章でしたが、最後までご精読いただきありがとうございました。今後共、塾ソッカー部女子の応援を宜しくお願い致します。

『サッカーが教えてくれたもの』(4年松木里緒)

2020.01.09

ホームページをご覧の皆様、こんにちは。
そして、新年、明けましておめでとうございます。本年もどうぞ宜しくお願い致します。
新年一発目、そして最後のリレー日記が回って参りました。週4日SFCに通いスペイン語を学び、引退してからも自分で寮の周りをランニングしている、自分に厳しく全てに正直で頑張り屋さんな寮生仲間の同期、庄司夏穂からバトンを受け継ぎました、今年度、主務を務めさせていただきました、松木里緒と申します。

さて、私は最後のリレー日記に小学校1年生から始めた15年間のサッカー人生で得たものを3つお話ししたいと思います。

 

“最高の瞬間”

「サッカー続けてるのすごいね、どうしてサッカー続けてるの?」
と聞かれたことがあります。正直聞かれた時は考えたことがない、何でだろうと自分でも思いました。サッカーを続けてることだけですごいのか、と不思議にも思いました。確かに今までを振り返ると理不尽だと思ったことやキツかった走りもありますが、サッカーを辞めたいと思ったことは一度もありません。私にとってサッカーを続けてきた理由は自分の成長を信じていたから、まだまだ出来ると思っていたからだと思います。言うならばサッカーが自分の得意なフィールドであると少しでも感じていたからです。実際には上には上が沢山いることを中学生の時には感じていましたが、自分の可能性を信じてこれまでサッカーに取り組んできました。しかし、今までの15年間のサッカー人生では嬉しかった出来事よりも悔しかった出来事の方が格段に多いです。悔しかったこと、上手くいかなかったこと、勝負に負けたことばかりです。しかし、悔しい出来事の回数以上に、仲間と分かち合った数回の喜びの感情は言葉に出来ない程のものです。大事な試合でゴールを決めた瞬間、全員で勝利を掴み取った瞬間、タイトルを獲った瞬間。その瞬間に味わった気持ちや、仲間と見た景色はこれから一生忘れることの出来ない経験になると思います。もしサッカーのない人生を過ごしていたとしたら、あの瞬間を超える”最高の瞬間”には出会えていなかったでしょう。サッカーが教えてくれた、私にとってはかけがえのない財産です。

 

“出会い”

私はソッカー部女子の副務・主務を務めさせていただいたお陰で、沢山のOG・OBの方々、地域の方々、その他慶應を応援して下さる方々に出会うことが出来ました。
特に下田では「下田の父」である宮澤さんに出会うことが出来ました。何でもお見通しの宮澤さんには少々甘やかされ、少々厳しく指導いただきました。人生相談をするなら母親の次に宮澤さんでした。相談したいことは本当はまだまだ多くありました。宮澤さんに関しては夏穂のブログに全て書かれているので是非ご覧下さい。(http://keio-soccer.net/diary/12097.html

)「素敵なOLになってね」という最期の言葉を実現出来る様に一生懸命生きたいと思います。
4年間、なかなかチームとして結果を出せず、時に厳しい言葉をいただくこともありました。しかし、陰ながらに応援して下さっている方々の存在を知ることが出来たこと、様々な人の支援や応援の上にこの組織が成り立っていることを肌で感じることが出来ました。激励の言葉をいただく度に、これまで紡がれてきたソッカー部の歴史や想いを感じました。また、それぞれのカテゴリーでサッカーを通して尊敬出来る素晴らしい指導者や選手、仲間に出会うことが出来ました。

 

“考え続けること”

サッカーというチームスポーツにおいて”考えること”はとても重要だと思います。もちろん、組織の一員として、自分と向き合い、仲間と向き合い、学連・副務・主務・副将・主将などといった役職を決めるミーティングを通して沢山考える機会はありました。そしてそれと同様かそれ以上に、サッカー選手としてピッチ上で考え続けてプレーすること、ピッチ外でサッカー感を養うことの重要性を今更ですが大学生になってから知ることが出来ました。私は中学生の時に所属していたクラブチーム、高校生の時のサッカー部では”戦術”といった概念はありませんでした。そのピッチに立つ11人の適正を考えたフォーメーションを監督が考え、選手それぞれが自分の強みを生かしたプレーをする。これといった戦術があるわけではなく、個人のプレーの集合体であったように思います。そのお陰か、高校の頃は伸び伸びとプレーが出来ていたようにも感じます。
ソッカー部女子に入部してからは、”戦術”の概念が出てきました。1年目は岩崎監督の下、蹴るサッカーが主体でした。2年目からは伊藤監督の下、GKのビルドアップを始めとしたボールを大事にするサッカーへと移行しました。しかし、監督やコーチから提示されるサッカースタイル、プレーモデルが全てではありません。戦術においては、全員の共通理解があることが重要なことだと思っています。そしてそれ以上に、共通のプレーモデルを基盤として、選手一人ひとりが状況を見て考えて判断することが必要になってきます。プレーモデルに依存しすぎて自分たちがプレーを楽しむことを忘れてしまい、上手くいかないことをプレーモデル自体のせいにしてしまうこともありました。広いピッチで相手がいるサッカーではいつも練習通りにいくわけではありません。だからこそ、サッカーは面白いんだと思います。練習、試合において考え続け、学び続けること、そしてピッチ上で楽しむことを忘れずにみんなにはサッカーをして欲しいと思います。思い通りのサッカーが出来ず、悩むことも多いかと思います。ですが、伊藤監督・ケビンコーチの考えるプレーモデルと同じ絵を共有し合い、その上で一人ひとりが考え続け、生き生きとしたプレーをピッチで体現して欲しいなと陰ながら思っています。

最後は後輩へのメッセージのようになってしまいましたが、これら3つの他にも15年間のサッカー人生、そしてソッカー部女子の4年間で出来た気付きや学びは多くあります。これからは社会人というフィールドにはなりますが、考え、学び続けていきたいと思います。

 

最後に、これまでソッカー部女子を支えて応援して下さった方々、誠にありがとうございました。目標には程遠い結果となりましたが、沢山の方々の支えのお陰で何とかTEAM2019は一部残留をすることが出来ました。来年度は後輩達が一部の舞台で躍進してくれると思います。今後共、ソッカー部女子へのご指導ご鞭撻の程、宜しくお願い致します。

拙い文章ではありましたが、ご精読いただき誠にありがとうございました。

『ソッカー部女子へのすすめ』(4年庄司夏穂)

2019.11.25

ホームページをご覧の皆様、こんにちは。
1年に1回しか回ってこないリレー日記(4回目)で、奇遇にも2年連続同じ人物の紹介をしなければならないのかと、冒頭から頭を悩ませております。。「こういうのは貶しつつも最後に持ち上げるんだよ、、ニヤニヤ、、」と本人から謎のプレッシャーを掛けられました。「チカチュウ」という謎のフレーズを気に入り、部員たちを謎の世界へ引き込む才能を持つマイペース異端児(特異な存在という意味です、褒めています)、同期の芳賀千歌子からバトンを受け取りました。総合政策学部4年の庄司夏穂と申します。
今年も残すところあと1ヶ月程となり、時の流れの速さを感じております。
私たち4年生に残されたソッカー部生活はあと2週間です。

最後のリレー日記は、私が出来る最後のソッカー部女子の発展のための一助として、入部を迷っている方や慶應を受験しようか迷っている高校生に向けてこの部活の魅力や私自身の部と大学生活での考えについて綴りたいと思います。エピソードや主観的な意見もあり、少々長くなってしまいましたが、温かい目でお読みいただけたら幸いです。

「かほは自分の道を生きればいいよっ。色んなものに触れて探して見つけて、色んな人に会って聞いて感じて、じっくり考えて選べばいいんだよっ!」

この言葉は、私が慶應に入学し寮生になってからの3年間、「下田の父」として大変お世話になった宮澤さんが私に残してくれた言葉です。
余談ではありますが、ここで少し宮澤さんのことをお話しさせてください。
かつての先輩方のリレー日記にも度々登場していた「宮澤さん」が今年の3月、4年目を迎えた私たちの代がシーズンインする日にお亡くなりになりました。ソッカー部の歴史・時代を全て知る宮澤さんは、常に辛口コメントを発しながらも大きな優しさと叱咤激励で私たちを勇気付けてくださるとても偉大な方でした。年初めに緊急入院した際には、宮澤さんのお見舞いに訪れる体育会の先輩方や、遠方や海外から連絡を入れてくれる方々の多さに驚き、宮澤さんが本当に多くの方々に慕われる人望が厚い方なのだとその時に改めて感じました。
そんな偉大な方と過ごした3年間は私のソッカー部生活の中でとても重要で今後の人生においても間違いなく大きな糧となるでしょう。今の代だと私と里緒が特にお世話になったので、宮澤チルドレン最後の娘(孫と言われることもありました)代表として、この場を借りて改めて感謝させていただきます。
宮澤さん、本当にありがとう。これからも宮澤チルドレンを見守っていてね。(元々リレー日記なんか読む人ではないけれど、この気持ちは伝わっていると信じています。笑)

そんな宮澤さんが私にいつも言ってくれていたこの言葉を意識して過ごしてきたわけではないけれど、気付いたらその言葉通りに過ごしてきたような気がします。完全に見透かされていましたね。。恐るべし宮澤さん。
私はどんな想いを持って入学をし、何を得たかったのか、どんな考えを持ったのか。宮澤さんとも私の将来について何度も語りました。今、よく考えてみるとこの部で4年間を過ごさなければ本気で考えることはなかったかもしれません。

「私からサッカーを引いたら何も残らない」
サッカーを長年やってきた人は特に、このような言葉を耳にすることが結構多いのではないかと思います。何も残らないわけはないはずで、競技を通して培った根性やメンタルの強さといったような精神面や体力やパワーといった身体面での培ってきた力は必ず誰にでもあります。今後、競技を続ける人も社会に出る人もその培った力を活かす機会は多いはずです。しかし、そこに自分らしさはあるでしょうか。他の人とは違う「自分らしさ」、強みや知識。(人と同じで何が悪い!と思う人からしたら愚問ですが。)私はどちらかと言えば、「自分らしさ」が分かりませんでした。だからこそ、それを手に入れる為、サッカーを通して自分の興味の幅を広げることや、やってみたいことを大学生のうちに探したいと考えて慶應SFC進学とソッカー部女子への入部を目指しました。念願叶って、慶應に入学することが出来、自分の時間をマネジメントしながら部活と勉強をしているソッカー部女子の仲間の姿に、入部当初の1年目も現在の4年目も変わらず刺激を与えてもらっています。自分も頑張ろうと思える良い環境です。まさに、「文武不岐」を体現している組織だと思います。
(文武不岐とは、学問と武道(部活動)は別物ではなく一体である。勉強、部活を分けて考える(両道)ではなく、物事の考え方や取り組む姿勢の根っこは共通していて、人として向上することに通じ、それは相乗効果をもたらす。という意味です。)
この言葉は高校時代の先生に教えてもらいました。ふと思い出した時に、これが、他大学にはない慶應ソッカー部女子の強みであると感じました。

部活動としての体育会は、確かに、時間の拘束が長いかもしれない。ルールや決まりが厳しいかもしれない。自由が少ないかもしれない。はる(熊谷明奈)のリレー日記にもあったように、やりたいことが出来ずに周りを羨むことがあるかもしれない。けれど、この4年間、この体育会という、ソッカー部女子という組織で過ごさなければ分からない達成感や想像以上の喜びは普通の大学生活を送るよりも計り知れないと思うのです。そして、その中で違った視点で物事を考えてみることや他大学では見つけられない新しい発見を経て、自分を成長させることが出来ると思います。長い人生の中のたった4年間を、高め合える仲間と同じ目標を目指して切磋琢磨することに体育会の価値があるのだと思います。与えられた時間を有効活用し、自分を見つけたり、やってみたいこと・チャレンジしたいことを模索し、出来るならば実践すればいいのです。※女子部は比較的チャレンジに寛容です。
他大学のように強豪校ばかりから選手が来ているわけではないし、本当に1部のチームか!と思うほど人数は少ないけれど、ソッカー部はみんな一人ひとりが自分と向き合い、サッカーでは同じベクトルを向いて真摯に取り組み、個人個人でそれぞれの目的意識を持って勉学に励んでいる人が多いです。リスペクト出来る先輩や様々なことにチャレンジしている学校の友達、SFCの‘なんかすごい’学生達、応援してくれる地域の方々との繋がりを通して学べることは、この環境ならではであり、慶應の、ソッカー部の強みだと思います。

色んな人と話して経験して色んな感情を抱いた結果、私もようやく、何となくではありますが、習得してみたいこと、チャレンジしてみたいことが出来て、今はサッカーと同じように夢中になって取り組んでいます。自分の強みや自信となるものをサッカーを通して見つけ手に入れることが出来れば、「私からサッカーを引いたら何も残らない」という状態には陥らないのではないでしょうか。私はまだ自信を持って答えることは出来ませんが、「自分らしさ」を手に入れる為の方向性は決まったような気がしています。宮澤さんに言われたようにじっくり考えて選んでいきたいと思います。とにかく、今までの経験とこの先のことを別物として捉えるのではなく、+αの知識や経験を積み重ねていくことが今は一番大事なのかなと思います。その環境がソッカー部女子にはあると思います。今回のリレー日記には女子部のサッカーのことについては然程触れていませんが、最近は特に、みんなと刺激しあって良い雰囲気で練習出来ていると感じています。人数はやはり少ないですし、紅白戦(11vs11)が出来ないことも多いけれど、少ないからこそ出来る練習や選手全員とプレー出来て盛り上がる時間は今まで以上にあり、みんなで鼓舞しながらバチバチとサッカーしています。この切り替えの良さもソッカー部女子特有のものだと思います。

慶應の受験やソッカー部女子への入部を迷っている人へ、このまとまりのない文章が少しお役に立てれば良いと思います。(何言ってるかわかんない!と思われている人もいるかもしれませんが、)是非、慶應でサッカーがしたい、文武不岐を実現したい、サッカーをしながら自分の好きを見つけたい・探したい、ソッカー部の環境でサッカーがしたい、ソッカー部の勝利に貢献したい、などなど理由は何でも結構です。少しでも気になったら是非練習参加にいらして、本物のソッカー部女子を体験してみてください。一緒に闘いたいと思える選手に出逢えるはずです。皆さんもここで自分の道を見つけてみては如何でしょうか。最後は完全にPRになってしまいました、失礼しました。。 
結論、私が伝えたいことは、サッカーを通して新しい発見や経験が出来ること、素敵な人たちに出逢えることは、何にも代え難いものだということです。
特に、この部で過ごす4年間は、サッカーで苦しみ辛い思いもするれど、勝った時、ゴールを決めた時など、みんなで喜びを分かち合う瞬間はやはり良いものだし、サッカーを通して色んな視野を広げることが出来ます。本当にオススメです。

そんな4年間を過ごした私たち4年生の、長いようで短い波瀾万丈ソッカー部生活も終盤に差し掛かって参りました。まだ終わっていませんが、この4年間を通して私を成長させてくれた方々や応援してくれた全ての方々にこの場をお借りして感謝申し上げます。そして、この想いをあと2週間、全力でサッカーを楽しみながら体現していきたいと思います。本来ならば、インカレ出場権を獲得し、インカレへ向けた意気込みを書く予定でしたが、勝負の世界は厳しいもので、残念ながら私たちはインカレ出場を果たすことが出来ないと同時に、「インカレ優勝」という目標達成への道も途絶えてしまいました。しかし、下を向いている暇はありません。12月1日には関東リーグ最終節(ホーム最終節)、8日には大学リーグ入れ替え戦があります。どちらも絶対に勝ちたい試合です。残された時間の中で一人ひとりが成長し続けて、みんなとサッカー出来るこの2週間の1日1日を大切に、全力で精進して参ります。そして、必ず勝利し、残留します。
まとまりのなく拙い文章ではありましたが、最後までご精読いただきありがとうございました。
12月1日、関東女子サッカー2部リーグvs順天堂大学戦、ホーム最終節です。
是非、下田グラウンドにお越しいただき、熱いご声援を宜しくお願い致します。
今後とも変わらぬご声援の程、宜しくお願い申し上げます。

『私のマグネット』(4年芳賀千歌子)

2019.11.18

HP、Twitter、Instagramをご覧の皆様、こんにちは。
喜怒哀楽を最も分かち合ったであろう、加藤楓琳からバトンを引き継ぎました、環境情報学部4年マネージャーの芳賀千歌子と申します。彼女をありのままに紹介するとコンプライアンスに反してしまうのでやめておきますが、最低で最高な奴です。
リレー日記のタイトルは非常に悩みました。一時は冗談抜きに「チカチュウ誕生秘話」にしようかと思いましたが、友人の指摘でやめました。ということで本題に入りましょう。
それではお聴きください、芳賀千歌子で、「私のマグネット」♪

「何で私のマグネットがあるのだろう。」
入部当初、初めて作戦ボードを見たときに思った。そう、2年の5月の途中入部から間もなく、部の作戦ボードには「ちかこ」と書かれたマグネットがある。そのマグネットはベンチの位置からずっと動かないが、ボードを見る度についつい確認してしまう。そんな私のマグネットももうすぐ席を外すことになった。

人は、何かを失いそうになる時、初めてその大切さに気付くのだと言う。
まあ、そんなことよく言われていることだし、「いつでも何事に対しても感謝してすべきだ」と軽く思っていた。が、やはり意識していても何かを失うその都度、惜しく感じてしまう。先日、まさにそうだった。
大学リーグ最終節、東京国際大学戦。0-0で引き分け。結果1部9位に終わった。つまりインカレ出場の道が絶たれた。関東リーグが入れ替え戦に回らない限り、12月8日の大学リーグ1部2部入れ替え戦で私はサッカーの第一線から離れることとなった。
悲しいとか悔しいとか決まった直後に実感することが出来ず、頭の中が空っぽになった気がした。ベッドの中、すっからかんの頭に浮かぶのは、「暇になったら地元の出身少年サッカーチームの手伝いに行こうかな」とか「子供ができたらいっぱいサッカーしたいな」とかそんなフワフワしたことだった。いや、なんでこんなこと考えてんだ私。今日は目標が達成出来なかった日だぞ。今のことを考えろ。まだ終わってないぞ。馬鹿じゃないの。涙が出て初めて気付く。ああ、私サッカーの第一線から離れるという事実を受け入れたくないんだな。眠りに付きながら、これまでを振り返る。

7歳の頃、たまたま少年サッカーチームに入った。理由は近所の男の子に紹介されたから。かつての幼馴染は放課後、サッカーボール片手にいつも私の家の玄関の前で呼び出す。早くサッカーするぞと。
実際は、サッカー半分、残りの半分は虫捕りやらゲームやら鬼ごっこやらをして夕方まで外で何人かと遊び呆ける。木に靴が引っかかって泣いたり、サッカーのゲームでは明らかに不公平なチームを組まされて揉めたり、でっかいカマキリを捕まえたり、マンションで鬼ごっこをして管理人に怒られたり。ボールを隠されたり隠したりで喧嘩したり。そんな感じで、正直放課後はサッカーの練習だけしていた訳ではないが、どんな場面でもサッカーボールが側にあった。毎日が冒険の様で本当に楽しかった。7歳の私はこれからの人生で輝く原石を拾っていたのだ。友達だけでもだめ、サッカーボールだけでもだめ、2つあって初めてその原石は輝き始める。その原石の居場所を教えてくれた両親とサッカーチームのコーチには本当に感謝している。
【サッカーは楽しい。友達といるのは楽しい。】小学校はこんなことを教わった。

高校サッカー。物心がついたせいか、苦しいと感じることが多かった。練習はキツい。授業は眠い。勉強もキツい。家も遠い。夜も遅い。怪我も治らない。同期も決して優しくはなかった。9割の時間は苦しんでいたと思う。しかし、たまにシュートを決めたり、敵を交わしたり、勝ったり。一握りの嬉しい瞬間は、9割の苦の時間をも忘れさせる。たった一瞬の為に、苦しみ、もがく必要があったのだろう。そして何でも言ってくれる同期がいた。放課後プリクラを撮ったり、食べ歩きをするようなイケてるJKにはなれなかったが、全力でサッカーをして全力でふざけて全力で怒って全力で笑い合える仲間に出会えた。
【嬉しい瞬間の為にはもがき続ける。決してやめない。文武両道。そんな中出会えた仲間は一生の仲間】高校サッカーで得たことはこれ。

身体も良くないしサッカーは高校までが限界だった。「大学サッカー」という選択肢はないものとしていた。そんな大学1年生の頃は予備校のチューターとか球場のビール売り子など、アルバイトに励んでいた。でも、なんか違う。そう思った私は少年漫画の読み過ぎかと思われるが、「仲間が欲しい!」と意気込み、主将の工藤真子の紹介でソッカー部にマネージャーとして飛び込んだ。

これまで自分本意に生きてきた私にとって、マネージャーの世界は修行のようだった。去年の私のリレー日記「マネージャー三箇条」からは私が苦しんでいる状況が生々しく伝わってくる。いつも練習中はマネージャーが作業する部屋(通称:マネ部屋)で1人で仕事をしている。たまに様子を見に窓から外を覗くと皆息を切らして、冬場でもキラキラとした汗を流して、サッカーをしている。しかし、焦点をずらして、冷たい窓に写るのは、熱くも苦しくもない、どこか冷め切った自分の顔。そんな自分を見る度に、孤独さと虚しさを感じた。「仲間が欲しい」って入部を決めた私は正しかったのかな?マネ部屋という空間に私だけ閉じ込められている気がした。そんな時期があった。それでも「頑張ろうよ」と、手を差し伸べてくれた「仲間」がいてその暗いトンネルを抜け出すことが出来た。正直この頃の記憶は余り思い出したくないのだが、受け入れよう。

部員は覚えているだろうか、ラストシーズンの始まる前のミーティングで「副務やる!」と勢い余ってしてしまった爆弾発言を。まあ勿論皆反対。私1人で回すマネージャー業で精一杯だったし。そもそもキャパシティないし。でも何故この発言をしたのか、理由はあった。いつもグラウンド外で最終的に責任を負うのは主務だった。サッカーをしない部員は私しかいないのに、最終的に問題が起こったときに怒られるのは選手の主務だ。そんな時、「ごめん」しか言えないのが辛かった。情けなかった。でもよくよく考えると役職の有無に甘えていた自分がいた。私はマネージャーとして主務副務に最終的に負担が掛からないように自分のスキルを上げるべきなんだなと思い、反省した。

そんな感じで始まったラストシーズンは間もなく再び暗いトンネルに入ることになった。5月から8月まで、本気で笑えない日々が続いた。詳しいことは書けないけど、色んな問題が起こった。今後の運営に関して、私が後輩に迷惑を掛けてしまったことも。学年間、学年内で対立があったことも。部活以外のことも何もかもダメだった。体重が8キロも落ちてしまい、久々に会った友人皆に心配された。ここに来て初めて自分の弱さを知ることとなった。けど、もう引き返せない。なぜ、私のマグネットが作戦ボードにあるのか、それはチームの一員として、戦力として最後まで闘うからだ。私は前を向いて、最後までみんなを支える。最後まで真っ直ぐでありたい。勝って、みんなで喜びたい。アイツのシュートが見たい。アイツのドリブルが見たい。そんな思いを捨てようなんて一切思わなかった。一度自ら決めたことは最後までやり切るという信念があったから、もがきながら、倒れそうになってもみんなの手を借りながら、少しずつ立ち直った。

大学サッカーで、何を学んだ?マネージャーとして、何を学んだ?まだ完結していないが、1つだけ確かなことがある。【誰かの為に何かをすることは温かい気持ちになれる。】高校まではただ熱くなることはできた。しかし、「誰かの為に」という視点は私に、温かい光を灯してくれた。熱さと温かさをこれからは大切にしたい。

「インカレ優勝」を目標としていたのにインカレ出場すら叶わなかった。しかし、今はスパイクを履いて汗を流してピッチを駆け回っている選手の為に、ここで成長させてもらった(まだ発展途上だが)恩返しの為に、私は心で汗を流す。気付けばサッカーでできていた私。大切なことは殆どサッカーから教わった。本当に最後の全力サッカー。私は最後に、何を得るか。ラスト1ヶ月。駆け抜けよう。作戦ボードから私のマグネットが外されるまで、選手と一緒に。

逆境の多かったこのシーズンもあと1ヶ月程で終わってしまいます。しかし、どんな時も私に勇気と希望を与えてくれた選手を、どうか最後まで応援していただけると幸にございます。
長い文章にお付き合いいただき、誠にありがとうございました。

『私が最初にググった言葉は、「粗相」です。』(4年加藤楓琳)

2019.11.06

圧倒的OG感を漂わせ、チームの大黒柱として活躍する中井里衣子からバトンを引き継ぎました。総合政策学部4年の加藤楓琳と申します。
長く拙い文章ですが、私が最後に書きたいことを気持ちを込めて書かせていただきます。

「プロサッカー選手になる!」4歳からボールを蹴り始めた私は、小学生から本格的にサッカーを始め、当時プロ化されていない女子サッカーの現状も知らずただひたすら夢を追いかけてきました。中学では兄と同じクラブチームに入団し、高校では強豪校、常盤木学園に進学しました。

しかし、そんな夢もいつしか「兄を超えたい、褒められたい」という承認欲求を満たす為のツールになっていました。何故私はサッカー選手になりたかったのだろうか。何故サッカー選手でなければいけないのかと、自分自身と向き合う日々が続きました。高校選手権で思う様な結果が残せなかったことに加え、サッカーを辞める勇気がなかった私は「ここまで自由にやらせてくれた両親に、今までのサッカー人生でお世話になった人に恩返しをする」という目的を持ち大学でサッカーを続ける選択をしました。

入部後、私が最初にググった言葉は、「粗相」です。
ここではサッカーをこなすだけの選手はいらない。プロサッカー選手になることを諦めた私が成長する上で、ソッカー部はベストな環境だったのかもしれません。ただ、本当にしんどかった。
1年目、「辞めます」と言ったら、「それは受け入れられない」と岩崎監督に突き返されました。
4年目、学生ミーティングを抜け出し、伊藤監督に「辞める」と言いに行きました。でも、言えなかった。
私は「辞める」このたった3文字が言えなくなった3年半で、表現しきれない程沢山の感情と大切なものを見つけました。

入部して約1ヶ月、サイドバックとして公式戦に出場していた私は「粗相」で干されました。入部最速で粗相という単語を覚えたのは私だと思います。同期には連帯責任で迷惑を掛けまくりました。ごめんなさい。しかし、何故、サッカー部なのにサッカーが出来ないのか。何故、試合当日3時間前から掃除をして疲れなければならないのか、疑問しかありませんでした。他にも様々な思いや疑問がありましたが、まとめると、こんなところでサッカーをしても楽しくない、そんなサッカーで私の目的を果たせる訳が無いと思い、監督に「辞める」と言いました。しかし、「それは受け入れられない」と突き返され、1週間休んでいいからOGや色々な人と話してと言われました。当時は分かりませんでしたが、明確な目的・目標も持たず、ここでは果たせないと決めつけ辞めようとした私を止めてくれた監督や先輩方に、今ではとても感謝しています。そして「学生なんだから中途半端でいいんだよ、やりながら探せばいい。」そう言ってくれた先輩の一言で私は「この部でサッカーをする意味を、やりながら探す」ことに決めました。
しかし、ただひたすら夢を追う生活から一転、サッカーをしながらその意味を探す毎日はとてつもなく苦しい日々でした。

そこからチームは降格と昇格、インカレ初勝利を経験し、私はいくつかの粗相と怪我を乗り越え、気付けば最終学年という現実が迫っていました。
そして迎えたサッカー人生19年目となる最後の年、今年3月に私はGKに転向しました。少し飛躍してしまったので当時の状況をまとめます。

GKが不在である
インカレ優勝というチーム目標
私の目的

私はこの3つの課題を解決する為にGKに転向しました。簡潔に書きましたが、勿論、死ぬほど苦しみました。就活解禁は3月1日、就活なんてしていられませんでした。泣きながら書いたESは締め切りが間に合わず、本社まで走って持って行ったこともありました。面接対策をしてもらう度OB・OGの方々に泣きっ面を晒していました。食べられず眠れず考えるだけで涙が溢れてくる、それでも悩み抜いて出した答えが「GKになり、このチームでインカレ優勝する、最高のチームにする。」というものでした。
やりたいとか、やりたくないとか、そんなんじゃなくて。私はどう在りたくてどんな人間になりたくて、絶対に譲れないものは何なのか。

GKになり試合に出れる保障もないですし、サッカー人生最後の年、センターバックとしてDFを引っ張りたい想いもありました。それでも、センターバックで培ったキック力やコーチング、やると決めたらやり抜く信念、私の強みを活かせたならば、他のチームにはないストロングポイントになるのではないか?
私がGKになることで、総和としてチームが強くなる可能性があるならば、GK不在という課題そのものだけでなく、インカレ優勝という目標に対しても最適な手段なのではないか?つまり、それは「ここまで自由にやらせてくれた両親に、今までのサッカー人生でお世話になった人に恩返しをする」という私の目的を果たすことにも繋がるのではないか?

私がGKになった理由はこんなところです。
しかし、こんな強い思いを抱いてGKになったものの、失点するかしないか、その苦しみはGKをやってみなければ分からない程辛いものでした。試合に負ける度、「失点しなければ負けない」という言葉が重くのしかかりました。「失点した時こそ立ち振る舞いに気を付けろ」と、嫌という程いとペーさんに言われました。他大学の選手や友人から「なんで楓琳がGKやってるの?試合出てたのに勿体無い。」そう言われる度、言葉に詰まる私が居ました。チームメイトに苛立ってしまう自分が嫌で練習中に泣き出してしまうこともありました。コーチ、しお、困らせてごめんなさい。
こんなチームの為にGKになった覚えは無いと言い捨て泣きながら帰ったこと、次の日には学生ミーティングを抜け出し、いとペーさんに「辞める」と言いに行ったこともありました。でも、言えなかった。それは何故なのか。それは、この数ヶ月がとてつもなく辛く苦しかった一方で、何よりも大切なことに気付くことが出来た瞬間だったからです。
「この部でサッカーをする意味」
ずっと探していたこの問いに対する答えです。どんなに下手な私にも自分の時間を削り教えてくれるコーチがいて、私がとてつもなく不機嫌な態度をとっても妥協せず指導してくれる監督がいる。指の靭帯を切りお揃いのテーピングを巻きながら競い合う仲間がいて、こんな粗相ばかりの後輩の試合を見に来てくれる先輩、前監督・コーチ、沢山の応援をして下さる方がいる。「楓琳が決めた事なら全力で応援する」と言い居酒屋で一緒に号泣してくれた親友。そして「楓琳なら最高のGKになれるよ」とメッセージをくれた父。GKになると伝える以前に「1番高いGKグローブ買ってあげる」と言って結局買ってくれなかった母。背中を押して欲しくて電話したのに励ますどころか何故何故と面接官かのように問い詰めてきた兄。
私を作り上げてくれた大切な人達に感動という形で恩返しをする事。それは、あの時辞めずに過ごした日々があるからこそ、ここでしか成し遂げられないこの部でサッカーをする意味となりました。
だから私は、止める事を当たり前にしなければならない。ストロングポイントをもっと磨かなければならない。誰よりも努力し誰よりも成長し、このチームの最後方から勝利に貢献する。
こんな後輩で、こんな先輩で、こんな同期ですみません。でも、あと少し、全員で戦い抜こう。インカレへの道は決して簡単ではないけれど、この1週間を勝つ為に尽くそう。辛くて泣くのも、悔しくて泣くのも、苦しくてどうしようもなくて泣くのも、もう十分だ。勝って泣こう。絶対みんなで最高の景色を見よう。

11月10日(日)13:00、ホームで関東大学女子サッカーリーグ最終戦があります。インカレ出場を懸けた大事な一戦です。是非会場まで足をお運びいただき、皆様のお力をお貸しください。全員で圧倒的な勝利を掴みます。応援の程宜しくお願い致します。

『笑顔ってすごい力を持っているんですよ』(2年中井里衣子)

2019.10.29

ホームページをご覧の皆様、こんにちは。

どんな服も着こなす抜群のスタイル、相手を置き去りにするスピード、流暢に喋れる英語、誰もが憧れる全てを持つ4年澤田優香からバトンを受け継ぎました、総合政策学部2年の中井里衣子と申します。

例年より9度も高い気温を観測したと報道されれば、史上最強と呼ばれるほどの台風が日本を襲ってきたりと凄まじい10月も終わりに近づいています。台風により被害に遭われた方々へは、謹んでお見舞い申し上げます。

今回で3回目となるリレー日記は「笑顔」について話したいと思います。拙い文ですが最後まで読んでいただければ嬉しいです。

「笑う門には福きたる」
皆さんご存知の諺だと思いますが、笑顔には沢山の幸せをもたらす力があると最近よく思います。何故いきなりこのような話をしたかというと近頃、私は「毎日楽しそうだね」と言われることが多いからです。大学に入学し2年半が経ちました。長いようであっという間に過ぎてしまった2年半でしたが、学校でも部活でもそれ以外でも色々な方に出会い、お話をしたり、知らない事を沢山学んだり、またサッカーの面白さもとても感じています。内気な性格ではないですし(緊張するタイプではある)、お喋りすることも好きで、何かの話題で誰かと盛り上がったりと、とても楽しい毎日を過ごせています。ですが、昔から人と関わったり、お喋りが好きな性格ではありませんでした。小学生までは喋りかけられても無視する程の人見知りで、「あの時は酷かった」と笑い話にされる程です。そのような性格だった私は、兄の影響もありサッカーと出会いました。これまでの長いサッカー人生を通じて、沢山の人に出会い、様々な環境で過ごし、色々な立場を経験しました。特に親元を離れた高校3年間は慣れない寮生活に苦しみ、サッカーも私生活も何もかも嫌になり自分で決めた道から逃げようとした時が何度もありました。当然、サッカーがうまくいっていなければ楽しくないし、理想とは掛け離れた自分が嫌で嫌で仕方がなかったことを覚えています。そんな日々に耐えきれなくなったある日、泣きながら父に電話をかけ弱音を吐きました。その時に返って来た言葉に心を動かされ、明るく前を向いて生きていこうと、私の考え方は変わりました。そしてその言葉があるから、私は今を楽しく過ごせているのだと思います。

「パパは怖いものなんか無いし、なんでもかかって来いって思うようにしているよ。パパが辛い顔とかしてたら周りが心配するでしょ?そしたらみんなも悲しくなって楽しく過ごせない。だから何があっても自分を信じて前を向いて生きると決めている。これから先もずっと笑って過ごしていたいからね。」

この言葉を聞き、私はなんてちっぽけな人間なんだと涙が止まりませんでした。人生が終わった訳でもないし、こんなところで落ち込んで暗い顔をしていても、良い事なんてやってこないと分かっていながらも、焦りや不安、結果を残せない情けなさから前を向いて進んで行く自信がなかったのです。ですが、”みんなも悲しくなる”そのワードがとても心に響きました。何の為に親元を離れたのかと初心に戻ることが出来たと同時に、人の「顔」ってそこまで影響力があるものなのかと知りました。
“両親を最高の笑顔にしたい。成長した姿を見て喜んでもらいたい。”
これが私が高校入学前から掲げていた目標でした。そして今も掲げる目標です。
このような目標を掲げながらも周りを笑顔にするどころか、不安にさせたり心配されていたかもしれないと思うと、とても情けなく無力さを感じました。

それ以来、必ず目標を達成しようと気持ちを入れ直し、どのような状況でも「自分が暗い顔をしてどうするんだ。笑顔で乗り越えよう」と毎日自分に言い聞かせてきました。そのように過ごしていたら、どんな困難も乗り越えてやる!とパワーが湧き、不思議と毎日を楽しんでいる自分がいました。

顔というのは人に見られる部分です。一番最初に見られる部分かもしれません。誰かが険しい顔をしていたら、その雰囲気が周りにも伝染します。逆に誰かの笑顔を見たら自然と自分も笑顔になります。そのような効果があると知っているならば笑顔でいた方が良いに決まっています。しかし、このような事を言っていながらも私はとても感情が表に出てしまうタイプです。楽しい時はずっと笑っているけど、悲しくなったらすぐに泣くし、辛い時はとても酷い顔になっていると思います。そんな私の性格を知っていた父は、とても暗い雰囲気と負のオーラが私から漂っていた事を予想し、あのような言葉をかけてくれたのかもしれません。さらに同時期ぐらいに、「全部顔に出やすいあなただからこそ、周りに与える影響は大きい」と当時のコーチにも言われました。「あなたが頑張るからみんなも頑張れる。あなたが弱い姿を見せたらみんなも不安になるよ。」自分が良い意味でも悪い意味でもそこまで周りに影響与える人だとは思ってもいなかったのですが、そのように言われて以来、すぐに顔に出てしまうウィークポイントをストロングポイントに変えようと、周りの人を勇気付けたり、楽しいと思えるような環境をピッチ内でもピッチ外でも作ろうと心掛けてきました。

また、笑顔には辛いことや悲しいことも吹き飛ばしてしまう力がある事にも気付きました。ある日、私が落ち込んでいた時にとても笑わせてくれる人がいました。その時間は辛い事も忘れ自然と笑顔になっている自分がいて、また頑張ろうと前を向くことが出来たのです。「笑顔」というのは自分も相手も楽しくさせる魔法のようなものだとその時感じました。サッカーで例えると、以前のリレー日記で私はプラスの声掛けについて書きましたが、(http://keio-soccer.net/diary/11051.html)試合中の笑顔も前向きな気持ちにしてくれる一つの手段だと思っています。ミスが連発してしまった時に、「やれよ」と怖い顔で言われるより、「大丈夫!大丈夫!」と笑顔で言われた方が、リラックス出来て気持ちが少し楽になると思います。また、良い雰囲気の試合はベンチを含めミスをしてしまってもチームメイトの顔に余裕があります。だから、顔というのはとても大事ですし、笑顔には人を助ける力があると私は思います。

時には泣きたい時もあります。笑えない時だってあります。私も突然やってくる悲しさや寂しさから涙が止まらないこともあります。ですが、いつまでも暗い顔をしていても、誰も嬉しくないし、楽しくありません。私は悲しい時や辛い時があれば父の言葉を思い出し、前を向いて笑顔でいようと決めています。皆さんも辛くて悲しくてどうしようもないときは一度笑ってみてください。そうしたら明るい気持ちになれるし、思っている以上にあなたの笑顔で多くの人が幸せな気持ちになると思います。そして段々毎日が楽しくなると思います。

最近Aqua Timezの「決意の朝に」という曲を聴きました。なんとなくシャッフルで流れてきた曲でしたが、色々な感情が込み上がり涙が溢れてきました。

「どうせならもう ヘタクソな夢を描いて行こうよ どうせならもう ヘタクソで明るく愉快な愛のある夢を 気取んなくていい かっこつけない方がお前らしいよ」

どこか父に言われた言葉と似ているように感じたのかもしれません。この曲を聴き、無理はしなくていいけど、ずっと落ち込むのだけはやめよう。どう思われていたとしてもありのままの私らしく前を向いて行こうと改めて思う事が出来ました。そして笑顔を忘れず、父のように周りに幸せを与えられるような人になりたいと思いました。

最後に、いつも私を笑顔にさせてくれて、どんな時も支えてくれている家族、ソッカー部のみんな、友達、応援してくれている方々のおかげでとても充実し、笑顔が絶えない大学生活を送ることが出来ています。このような幸せな環境にいることに感謝し、残りの学生生活も悔いのないよう送っていきたいと思います。

関東大学リーグも残り2戦となりました。現在9位と苦しい状況ではありますが、まずはインカレ出場を確実に決め、優勝という目標を達成できるよう、チーム一丸となって闘い抜きます。どのような状況であったとしても前を向いて「常に笑顔・常に全力」で男子部の勢いに負けないよう頑張って参りますので、応援の程宜しくお願い致します。

長く拙い文章でしたが最後まで読んでいただきありがとうございました。

『自分次第』(4年澤田優香)

2019.10.17

HPをご覧いただきありがとうございます。

私が部室でおにぎりを食べていると「ゆうかさん一口ちょうだい!」と大きな口を開け、一口あげると満足気に去っていく何とも可愛い後輩、移動時には読書にパソコン、オフにはヒッチハイクやイベント参加など、圧倒的行動力を見せる熊谷明奈からバトンを引き継ぎました、経済学部4年の澤田優香と申します。

リレー日記はこれで4度目、何を書こうか悩むのも最後だと思うと何だか寂しいです。今回は、大学4年間を振り返る中で私が大切にしてきたことをご紹介させていただくので、少々長くなることが予想されます。お時間がない方は最後のシーズンだけでも読んでいただければ幸いです。

 

1st Year

自分ってこんなにサッカー下手なんだ、と練習を終える度に思い知らされたのが1年生。それまで決して上手いと思ったことなどないですが(笑)。体験に来た時点でレベルの高さを目の当たりにし、当初はもっと考えもっとサッカーが上手くなる!とワクワクしていました。しかし気付くとそんな気持ちはどこかへ消え、練習中に足を引っ張ることに申し訳なさを感じ、サッカーをしていて初めて恥ずかしさすら覚えました。情けない気持ちになりました。大好きなサッカーをしているはずが、他人と比べて劣っていることばかりに意識が向き、思う様なプレーが全然出来ない自分がそこに居ました。一方TEAM2016は、出会いの年でした。当時の4年生をはじめ多くの尊敬する先輩方に出会い、大切な同期にも出会えました。大学からサッカーを始めた人がいれば、今でも女子サッカー界で幅広く活躍する人もいて、多種多様な人たちが本気でサッカーをする場所がソッカー部女子であると教えてくれました。自分自身に目を向ければ当然上手くいかないことばかりでしたが、モチベーションを与えてくれる仲間と居心地の良いチームに出会うことが出来、入部を決めて良かったと思えた代でした。

 

2nd Year

初めて迎えた後輩は、強い精神力とハイレベルな技術を持つ精鋭たちで、かなり焦りました。試合にどんどん出て活躍を見せる頼もしい姿は刺激的でした。大学と部活の日々にようやく慣れてきた私も、負けてはいられまいとやる気十分でした。しかし、学連や副務・副将決めミーティングが始まり、その他サッカー面以外で部活と向き合う時間が増え、私生活での問題がプラスするとシーズン最後には体調を崩しました。潰れてしまった弱い自分がものすごく嫌いで、その後しばらくは封印したい過去でした。そんな時期を側で支えてくれたのもこの部の人たちです。責めることなくそっと肩を貸してくれた同期と引退直前にも関わらず私の心配をして優しく見守ってくれた4年生には特に感謝しています。それぞれがサッカーと真剣に向き合う姿勢に本当に沢山学ぶものがありました。W昇格を果たすことが出来たのは4年生のひた向きさと牽引力があったからこそでした。

 

3rd Year

学年としてそれまで以上に多くを求められ、また、波乱万丈でした。上級生であることは勿論、最も人数が多い学年としてチームに与える影響が大きかった3年生。個性的なメンバーが揃っている分、価値観や考えは様々で意見がぶつかることも増えました。また、大切な同期2人が辞めることになったちょっぴり寂しい年でもあり、フィールドからキーパーを選出しなければならない過酷な1年でもありました。部員一人ひとりにとって苦しい決断でしたが、キーパーとなった志鎌さんをはじめ4年生の結束力がチームの士気を鼓舞して快進撃が始まり、最後にはインカレでの初勝利を果たすことが出来たのです。自分の1年後を想像しても到底敵わないと思いました。私個人はというと、ラスト数分だけ出場することが数回あった程度でトップの試合に絡むことは出来ず、育成の試合でも前線の選手として得点という結果をなかなか出せず苦しみました。それでもチームの勝利は最高に嬉しく、仲間のプレーに心躍らせ充実の時でした。

 

Now

4年生は更に色んなことがあり挙げきれません。キーパー0人のシーズンインから何度もチームが崩れそうになり、精神的どん底を味わいました。「今のチームに対してどう思う?」というチームメイトの質問には言葉が詰まりました。自分のプレーが上手くいってない上にチームもボロボロで、考えていること感じていることは沢山あるけれど、それでも自分がチームに対してネガティブな言葉を発することが許せませんでした。

私はこの4年間、もっと言えばこれまでの人生で起きた様々な困難も「ポジティブに」と捉えてきました。それが自分にとって大切なものであれば、どんなにネガティブに思えることもポジティブに肯定する癖がつきました。その時は相当頑固になります(家族や親しい友人は知ってるはず)。例えば、「今のサッカーが楽しくない」と誰かが言っていたとしても「そうだよね」とは返しません。当たり前ですが試合中にミスをしてポジティブでいられるメンタルはないし、この部に入ってからサッカーでの自信はとことん無くしています。でも、相手や状況に対してマイナス発言をする自分はどこかかっこ悪いと思い込んでいます。口にすると、その方向に引っ張られてしまう気もするんです。とはいえ人間なので弱音も吐くし嫌なことも言っちゃいます。ただ最後にはやっぱり「まずポジティブ」です。

今まで部活で起こったマイナスと思えること全部、2年の終わりに自分を失いそうになったことさえも、経験して良かったと思っています。この部活に限らず、ネガティブな要素はどこにでも転がっていますが、私はこれからも「まずポジティブ」なメンタルで勝負していきます。たとえ試合で貢献することは難しくても、練習からベンチからスタンドから、どんな時もチームをプラスに運んでいける様な存在であり続けたいと思います。

TEAM2019になって沢山大変な思いをさせてしまった後輩には申し訳ないと思うこともあるけど、本音でぶつかり合った時期があったからこそ今があるから最後まで一緒に闘いたいです。同期は自分を含め相当不器用な人たちばかりだけど、みんな尊敬できる面が沢山ある仲間たちです。伊藤監督は常に選手から見えないところで葛藤し、試合では誰にも止められない程熱くなり、チームのことを一番に考えてくれるすごい人です。ケビンコーチこそポジティブofポジティブで、私のポジティブとは比になりません。

4年間を振り返る今、家族や友人など関わる全ての人たちに感謝の気持ちで一杯です。大好きなサッカーが、途中自分を苦しめるサッカーになり、しかし最後はやっぱりサッカーが大好きという気持ちで10年目を迎えることが出来、とても幸せです。

 

TEAM2019も残すところあと少しです。厳しい状況が続いていますが、ここから巻き返します。今後共温かいご声援の程宜しくお願い致します。

長く拙い文章でしたが、最後までご精読いただきありがとうございました。

『自分の選んだ道なんだから』(3年熊谷明奈)

2019.10.04

ホームページをご覧の皆様、こんにちは。
試合前に隣でおにぎりとカロリーメイトとウイダーをペロリと平らげ、女子部大食い選手権があったら、おそらく藤田揶也子と王者争いをすることでしょう、同期の山本華乃からバトンを受け継ぎました、総合政策学部3年の熊谷明奈です。高校時代の友人や地元の人に久しぶりに会うと、「え、まだサッカーやってるの?!」と大抵驚かれますが、ちゃんと続けています。むしろサッカー人生の中で今が一番熱中していて、楽しんでいるかもしれません。
さて、今回3度目となるリレー日記は今こうしてサッカーに熱中している理由、そして違う道を選んだ仲間への想いをツラツラと書いていこうと思います。(おそらく)誰にも言っていないこともあるので、温かい目で読んでいただければ幸いです。

 

「部活を辞めます。」
1年生の正月休みも残り2日というところで、私は名古屋のファミレスから電話越しに伊藤監督にそう伝えました。そしてオフ明けの練習初日。私ともう一人をぐるりと囲むように座り、学年ミーティングは始まりました。

正直言うと、私は4年間続ける気がないまま入部しました。というのも、AO受験時に教育、アプリ開発、デザイン、カフェ経営、ドローン、アフリカなどなど、サッカー以外にも色んな面白そうな世界があり、そして活躍する同世代の存在を知って、「大学はもっと色んな世界をみて、自分の夢中になれるものを探そう」そう決めました。その為、1年生の頃は学外のプログラムに参加して地方に行ったり、海外研修に行ったり、様々な講演会に行っていました。自分の夢中になれるものに出会いたくて必死でした。そしてその時の部活はと言うと、全く身に入っていませんでした。今だから言えることですが、練習中5秒以上止まっていると、「こんな所で何をしているんだろう」という思考になっていましたし、試合のハーフタイム中でさえこの言葉が頭をよぎることもありました。今は大丈夫です。

話を最初の学年ミーティングに戻します。思いの丈を一通り話し終えて、次はみんなの意見を聞く番。元々それ以前に学年のみんなには話しており理解はもらっていたので、ミーティングもすんなり終わった。はずでした。

「はるの人生だけど、でも私はもっと一緒にサッカーやりたい」
7人言い終えて、残り1人というところでまさかの言葉がまさかの人から出てきました。あの言葉と涙が嘘だったのか本当だったのか分かりませんが、その人からのたった一言で私の中で固まっていた壁が一瞬にして崩れました。もしかしたら私はその一言をどこかでずっと求めていたのかもしれません。
結局隣に座っていた1人は辞め、私は残りました。単純な奴ですね私は。(笑)

今はどうなのかと言うと、楽しいです。しかし決して目の前の瞬間が楽しい訳ではありません。辛くて悩む時間の方が多いです。前回のしおさんの日記にも書いてあったように、思うように結果を残せない上に雰囲気も悪く、少し前までチームは崩壊状態でした。それでも、「どうすれば勝てるのか?」「どうすればチームが良くなるのか?」「今自分がするべきこと、やれることはなんだろう?」一人で考え、学年で考え、他学年と考え、部外の人と考え、終電ギリギリまで部室で話したり、時には深夜にグループ電話で話したりしました。あの頃はストレスでニキビもでき、口内炎もでき、毎日のように『森のささやき~心が落ち着くリラックス音楽~』を聴いていましたね。。

それでもあの苦しい時間があったからこそ、今は少しずつ少しずつですがチームになってきたと感じ、あの時間は無駄ではなかったと感じます。『人生は近くで見たら悲劇だが、遠くから見れば喜劇だ』という言葉があるように、その時の一瞬は辛く、苦しいものかもしれませんが、私の人生として見ると、あの時間は自分の思考の根を下に下にと伸ばし、ひとまわり幹が太くなったんじゃないかなと思っています。(ちなみに将来の夢はでっかい大木になることです。)それだけではありません。この部に入って、尊敬する人たちに沢山出会えたことや、当たり前のことも必ずどこかで頑張っている人がいること、肩書き無しでいかに一人間として勝負出来るか、ここには書ききれないくらい沢山のことを感じ、学んでいます。早慶定期戦の貼り出しにも書いたように、私にとってソッカー部とは今まさに成長の場です。

1年前までは、この部活で得られるのは「4年間体育会にいた」という称号くらいだと思っていました。でもそれは違いました。「組織」「チームマネジメント」「コミュニケーション」「地域貢献」「子ども」などなど、きっとこの部や体育会には色んな栄養分があちこちに落ちています。それを拾い、真摯に向き合い自分のものとして吸収出来るかどうかが、この組織にいる意味だと思いますし、大木の土台作りだと思います。

と、そんなことを言いつつも、自由に動き回って大学生活を楽しんでいる友達を見ていると、やっぱり羨ましくて羨ましくてたまらなくなる時が沢山あります。私だってバイトして貯めたお金で長期休みにヨーロッパ旅行したいし、バングラディッシュに行って子どもたちとサッカーしておいでよ!って言われたら「はい、行きます!」って二言返事で応えたいし、自分の好きなタイミングや思いつきで島へ行ったり留学したりしたいし、土日にはライブコンサートとか行きたいし、茶髪にしてみたいし、手に綺麗なネイルをつけてオシャレしたいです。

それでもそれでも、
辛くて苦しい時間を乗り越えた先の成長や喜びは私たちしか味わえないし、今しか味わえません。私たちしか得られないものがあるし、今の今しか得られないものが沢山あります。

あのときチームを辞めなくてよかった。今なら心底そう思います。
きっと辞めていたら出会えるものに出会えなかったし、学年が変わっていくごとの景色の違いの面白さを知ることが出来なかったと思います。
だから感謝を伝えたいです。あのとき私を引き留めてくれてありがとう。
だからこそ次は私が止めたかった。あのとき私を引き留めてくれたように。

中学生の頃からずっと一緒だけど決して仲が良いと呼べる関係ではなくて。でも、誰よりもお互いのことを知っていたと思うし、試合中誰よりも呼吸が合っていた。
_私がボールを受けた瞬間に中にいる相手の裏にチラッと影が見える。顔を上げ、前に蹴る素振りを見せ相手がつられたその瞬間に中に右足でパスを入れる。左足で受けた彼女が逆に展開して一気に攻撃が始まる。_
この瞬間が私は最高に好きだった。
正直もっともっとこの瞬間を味わいたかった。

でも、こうやって自分の道を選択したからには絶対に絶対に後悔しないで歩んでほしい。
逆に私はこの部にいたかったなと後悔させるくらい強くなってやるし、最高のチームになってやるし、成長してやります。
“部活に残る/残らない。”
お互い自分の選んだ道なんだから、その道に後悔しないように進もう。頑張ろう。

 

さて、天国のような大学生の夏休みも終わり、1ヶ月間の大学リーグ中断期間も終わってしまいましたが、チームとしても個人としても後悔のない時間を過ごせたでしょうか。(ちなにみ私は30%くらいの後悔がありますね…)
今週から大学リーグが再開します。リーグ後半戦、巻き返していけるように頑張っていきましょう!

非常に長くなり、非常にまとまりのない文章になってしまいましたが、最後までお付き合い頂きありがとうございました。今後共、TEAM2019のご支援ご声援の程、宜しくお願い致します。

『自分を騙す』(3年山本華乃)

2019.09.16

ホームページをご覧の皆様こんにちは。

歩くスピードは私の2倍、最近誕生日を迎えた4年尾崎栞からバトンを引き継ぎました、理工学部3年の山本華乃と申します。不安定な天気が続き、私は外出時に傘を携帯するか迷う日々を過ごしておりますが、皆様はいかがお過ごしでしょうか。

突然ですが、「あなたは最近、いつ嘘をつきましたか?」

私は、1分前に嘘をつきました。冒頭の文で、「傘を携帯するか迷う日々を過ごしている」と書きましたがこれが嘘です。ごめんなさい。本当は、自分を晴れ女だと信じているので、滅多に折り畳み傘は持ち歩きません。

どの程度の嘘を嘘と定義するかは難しいですが、人間は1日に200回嘘をつくと主張する心理学者もいる程、沢山の嘘をついて生きています。例えば、「なんかあった?大丈夫?」と聞かれ、「何にもないよ、大丈夫!」と答えたことのある人は大勢いると思います。

ではなぜ、人は沢山の嘘をついて生きているのでしょう。自分を守る為に嘘をつくこともあれば、見栄を張る為、人間関係を悪化させない為、自分を鼓舞する為など、嘘をつく理由は数え切れないほど存在すると思います。その中でも今回は、“自分を鼓舞する為に自分に嘘をつく”ことについて考えたことを書きます。

人間の脳は思っているより「バカ」な一面もあり、リアルとバーチャルを区別出来ないと言われています。さらに、脳は自分自身に話す言葉と他人に伝える言葉を同じと捉える仕組みになっているそうです。つまり、他人へ文句を言えば、それは自分に言っていると脳は捉えてしまうのです。もしそれを言葉に出さず、独り言のように心の中で言ったとしても、脳は自分に文句を言っていると捉えてしまいます。もちろん、声に出した方が脳に与える影響は大きく、自分が言われていると捉えるか捉えないかで言えば、捉えてしまうということです。また、もしミスをしてしまい、脳にミスした場面が保存されたとしても、脳はリアルとバーチャルを同じように入力する為、何度も成功する場面を想像し、頭の中で鮮明に再現すれば、ポジティブなイメージが定着するのです。

脳の仕組みを上手く生かすことで、自分を鼓舞したり、モチベーションを上げたりすることが出来ます。具体的な活かし方は、自分自身にポジティブな言葉を掛け続けるということです。行きついた先がこれかと思うかもしれませんが、とても有効な方法だと私は思います。嘘でもいいから、自分自身に肯定的な言葉をこれでもかという程掛け続けるのです。すると、脳は思っているより「バカ」なので勝手に肯定的な自分にしてくれるのです。

ここまで、大学リーグ4試合を闘い、結果は3敗1分で10チーム中9位です。TEAM2019は折り返し地点を過ぎましたが、理想とするチーム、理想とする自分に近づくどころか離れてしまっている気がしています。こんなときはどうしても、「なんでこんなに上手くいかないんだろう」とか「なんであのとき○○出来なかったんだろう」の様に、自然と否定的になってしまいます。しかし、“自分を騙す”ことによって、いつの間にか肯定的な自分になれてしまうのです。

現在、大学リーグは約一ヶ月の中断期間です。“幸いなこと”に、この一ヶ月間は皇后杯関東予選が無く、様々なことに挑戦することが出来ます。一ヶ月もあれば、“自分を騙す”こと、さらには、自分についた“嘘”を現実にすることも可能だと思います。サッカーは技術とメンタルが揃って初めて自分のプレーが出せるスポーツです。この一ヶ月間は自分の課題に向き合い、技術面はもちろん、心の部分も成長させ、10月6日に再開される大学リーグ第5節武蔵丘短期大学戦を迎えたいと思います。

拙い文章でしたが、最後までご精読いただきありがとうございました。
今後共、宜しくお願い致します。

『楽しくない時間』(4年尾崎栞)

2019.09.04

いつもホームページをご覧いただきありがとうございます。

好きなことには常に一生懸命で、選手よりも下田に長時間存在する初の学生トレーナー行徳のえからバトンを引き継ぎました、法学部法律学科4年尾崎栞と申します。

“必ず楽しくない時間はやってくる。その時お前はどうする。”
これは最近夢中になっている漫画で出てきたフレーズです。影響を受けたこの言葉を借りて、残り約5ヶ月を切った現在の想いを伝えさせていただきます。

現在の私たちの状況は、まさに楽しくない時間です。
全国大会出場の為に7位以上が絶対条件の関東大学女子サッカーリーグ戦が8月24日に開幕し、3戦を終えた慶應は0勝2敗1分けで10チーム中9位。シーズンインから思う様な勝利を掴めない現状に、チームの誰もがこんなはずじゃなかったと焦りや苛立ちを覚え、目の前のサッカーを楽しむことを厳しいと感じていると思います。しかし、全国大会に出場してチーム目標である優勝を達成するべく、なんとしても打開しなくてはなりません。

その為には、楽しくない時間を我慢して、楽しむ為の(勝利する為の)土台をしっかりと作ることが必要です。そこで私は、楽しむことより地味で難しいであろう土台作りと向き合いチームの現状打破に繋げたいです。
キーパーというポジションの私だからこそ出来ることが沢山あります。例えば試合が劣勢の時、仲間が全力で体を張っても打たれたシュートを止め続けたいです。キーパーの先輩であるのえがリレー日記で「シュートを全部止めたら負けることはない」と書いていた通り、私もどんなシュートにも食らい付き、必死に点を取りにいく仲間を支えたいです。
また、チームが不調の時は自分のプレーする姿で鼓舞したいです。フィールドでプレーした3年間は実力に自信が無く、上手くなっているかも分からない私はプレーで鼓舞することをあまり考えていませんでした。しかし、キーパーになってからは昨日止められなかったシュートを今日は止められるかもしれません。どれだけ成長出来るかは自分にも未知数でとてもやりがいがあると共に、未熟だからこそ成長は分かりやすくて周りにも影響を与えられると思っています。
さらに、伊藤監督は私たちキーパーに強みを活かしたプレーを求めます。これはチームにベストな形を作る為であり、他のキーパーと同じ土俵では劣るからという配慮でもあると感じます。しかし、いつまでもキーパー歴を言い訳には出来ません。止められるシュートを確実に止め続けることはどんな立場のキーパーでも当たり前にするべきことであり、失点したシュートがいかに素晴らしいプレーだとしてもしょうがないで終わらせてはいけません。同じ土俵で比べても恥ずかしくない選手になれる様、成長の材料を取りこぼさずに精進します。楽しくない時間だからこそより一層向き合い、実力をつけて、周りの仲間が前を向き続けられる様に支えたいです。

楽しい瞬間を味わう為に、“必ず楽しくない時間はやってくる”。
その度に土台作りに向き合って成長に繋げられるか、これが勝利して全員で笑顔になる為の鍵だと思います。

最後になりましたが、何度も迷惑をかけてしまったにも関わらず面倒を見続けてくれた先輩方、沢山の時間を割いて0から教えてくれる男子部キーパー陣、ずっと応援し続けて下さる方々に対する溢れる程の感謝の想いを結果で示せる様、全員で精進して参ります。
今後共、TEAM2019に変わらぬご声援を宜しくお願い致します。
拙い文章ですが、最後までご精読いただきありがとうございました。

『できないから、やる。』(1年行徳のえ)

2019.08.27

ホームページをご覧の皆様、初めまして。
その確かな足元の技術で相手を翻弄しチームにチャンスを呼び込む、最近ダイエットに成功した模様の2年髙月彩香からバトンを引き継ぎました、法学部政治学科1年、学生トレーナーの行徳のえと申します。

初めてのリレー日記ということで、今回は私のこれまでのサッカー人生とこれからの目標について書かせていただきます。

私は小学1年生の頃に知り合いの影響でストリートサッカーを始めました。小学4年生の時に小学校のサッカークラブに入り、そこで初めてゴールに向かってシュートを打つ、チームという組織の中でサッカーをプレーするという経験をし、更にサッカーの魅力に引き込まれていきました。その後は女子サッカー部のある成城学園中学校に入学し、中高6年間は成城学園の女子サッカー部でプレーしました。この6年間はサッカーの技術はもちろん、一人の人間として大切なものを学ぶことが出来た、人生で一番濃い期間でした。中学2年生でキーパーに転向し、ある日「自分がシュート全部止めたら負けることないよね?!」と気が付いてからは、絶対に失点を許さず、かつチームが得点出来る試合展開に貢献出来るキーパーになると決め、プレーしてきました。
もちろんプレーでうまくいかないことは多々ありました。チームメイトやコーチ、監督と衝突したことも何度あったか分かりません。単純に数だけであれば辛い思い出のほうが遥かに多くあります。しかし、試合に勝利した時や思い通りのプレーが出来た時、チームメイトと心の底から笑い合う瞬間が、どんなに辛いことが何度あったとしても私がサッカーを続ける理由でした。
そんな日々を過ごしていた私ですが、ある日の体育の授業中に右膝を負傷し、それまでと同様にプレーすることが出来なくなってしまいました。キーパーの数が少ない為しっかり休んでリハビリに専念するという選択肢はなく、大好きなはずのサッカーなのに、やればやるほど痛みが増し、やればやるほど辛くなっていきました。

確かに私はもうサッカーをプレーすることはありません。ではなぜ今も私がサッカーから離れないのか。それは私が「何か出来なくなったらその分出来ることが増える」と考えているからで、自分がサッカーが出来ない分、このチームでトレーナーとして貢献の塊になってやろうと決めたからです。

「怪我で満足のいくプレーが出来なくなった」
「コンディションが悪くてうまくいかなかった」
全力でサッカーが出来ることがいかに素晴らしいことかを知っているからこそ、選手たちにこの様な思いは絶対にして欲しくありません。というか、させません。

“常にサッカーを全力でプレーしてほしい”
この想いを胸に、私はこれからの4年間出来ること全てに全身全霊を捧げ選手をサポートして参ります。
女子部史上初の学生トレーナーとなり、ただひたすらにどの様に在るべきかを模索する毎日ではありますが、一日でも早く「のえがいて良かった」と思ってもらえる様な存在となる為に日々精進して参ります。

拙い文章ではありましたが、最後までご精読頂きありがとうござました。

『なぜ大学サッカー?』(2年髙月彩香)

2019.08.15

ホームページをご覧の皆様、こんにちは。

ピッチ内外における独特な雰囲気とマイペースさに、部員内では「くるワールド」と密かに囁かれている4年奥本くるみからバトンを引き継ぎました、環境情報学部2年の髙月彩香と申します。夏の暑さも本番となってきましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。
今回、私自身2回目のリレー日記を担当させていただくにあたり、何を書こうかと暫く悩みましたが、入部して2年目となった今、最近よく考えることを書かせていただきたいと思います。

私の周りには高校卒業後、クラブチームの道へ進む人、学生を卒業し就職する人、留学する人、サッカーを完全に辞める人など、様々な人がいました。そんな中、私はなぜ大学でサッカーをすることを選んだのか。また大学の中でも、どうしてソッカー部女子に入ることを決めたのか。私はなぜここにいるのか。2年生になり、様々な場面でそういったことを立ち返り考えさせられることが多くありました。

しかし、正直なところ私には直接的なこれ、と言った答えがありません。高校時代の恩師から慶應義塾大学を最初に勧められソッカー部女子のことを知り、ここにしようと、はっきりとした理由もなく何となく受験を決めました。早慶戦を見て憧れた、練習に参加して入りたいと思った、などといった理由が一切ありませんでした。
ですが、この慶應義塾大学のソッカー部女子に入ったことは、私の人生の中で、自分を大きく変える場所となっていると最近よく感じています。

その一つの理由として、7月に行われた早慶戦があります。その早慶戦という大舞台は、リーグ戦でも、トーナメント戦でもなく、何かの大会に繋がる訳でもない、言ってしまえばただの学生の一試合です。それが、あれ程の大きなものとなり、13819人もの観客が集まり応援してくれる大舞台となっています。それを学生が中心となり、一から舞台を作り上げているというのは非常に感慨深いものです。またもう一つの理由として、私は1年生終盤から学連幹事になりました。そこでも学生が主体となり、大学リーグやインカレなどを運営しています。そのような見えないところで活躍している人は皆、自分自身の意思を強く持ち、目標に向かって日々取り組んでいます。
今まで私は、サッカーをプレーすることしかしてきませんでしたが、運営する側にも携わる機会が増え、新たな視点からその凄さを感じ、また私自身の至らなさも強く体感しています。

大学サッカーには、大学スポーツだからこそ出来ることが多くあります。ただ、それらをどれだけ自分の糧に出来るかは、結局自分の行動次第です。何もしなければただ四年間という時間だけが過ぎていってしまいます。一方で、大学生は高校生までとは違って自由がある分、自分がやろうと思えば何でも取り組むことが出来る環境があります。私はこの大学サッカーを選んで良かったと思いますし、そういった環境を最大限に使い意味のある四年間に出来る様に、一日一日を大切に過ごしていきたいと思います。

さて、夏期間のオフが明け、TEAM2019の後半戦が始まりました。前半戦は、なかなか勝てない試合が続き、チームとしても上手くいかない時期が大半でした。しかし、その時期があって良かったと最終的に思える様、後半戦スタートから最後までアクセル全開で、チーム一丸となり闘っていきたいと思います。今後共、温かいご声援の程宜しくお願い致します。

『闘う』(4年奥本くるみ)

2019.07.24

ホームページをご覧の皆様、こんにちは。
静かに闘志を燃やし、左右の足から繰り出される抜群のパスとシュートで相手のゴールを脅かす3年小川愛からバトンを引き継ぎました、4年の奥本くるみと申します。

7月12日(金)に等々力陸上競技場で行われました第18回早慶女子サッカー定期戦は、1-4と大敗を喫しました。平日開催にも関わらずお越しいただいた皆様、誠にありがとうございました。熱い応援をし続けて下さった方々に、この日の為に準備をして下さった方々に、全ての方々に申し訳ないという気持ちで一杯です。
関東女子サッカー1部リーグの首位を走る早稲田は、やはり個人レベルもチームレベルも戦術や技術共に高いものでした。でも、それでも、自分たちが絶対に負けてはならなかったものがありました。それは「闘う姿勢」でした。戦術や取り組んできたことを発揮するよりもまず「闘う姿勢」。ここで勝たなくてはいけないのに「戦術云々より、まず闘えていなかった」。ここから負けていたことが何より本当に情けないです。

私は高校までクラブチームでサッカーをしていました。周囲の技術が高く、流れるようなパスワークや個人技などで相手の陣形を崩し、相手を翻弄しゴールを狙う仲間の姿に日々満足感を感じていました。自分自身もいつの間にか、そんな風にサッカーをすることを気持ち良く感じていた部分がありました。だからその頃の私は「闘う」とは何か考えることも無く、「闘う」とは何か正直あまり分かっていなかったと今、振り返り感じます。

「感動を提供する」
“勝利の為だけに闘うのではなく、勝敗以上に大切なものを追い求めたい”

今シーズンが始動する際に立てたソッカー部女子のビジョンの1つです。このビジョンの体現の1つがまさに「闘う」ことだと思います。思い返せば、この部でサッカーをしたいと思ったのは私が高校3年生の時に見た早慶女子サッカー定期戦でした。早稲田と比べて、個々の能力では明らかな差があることはその時に試合を見た多くの人が感じることだったと思います。でも私は、体当たりするように守備をする姿、転びながらボールをクリアする姿、おそらくラインを割るであろうボールに全力疾走する姿、そんなソッカー部女子の選手に感動しました。負けていないと思いました。

何が言いたいかと言うと「闘う」を大切にしたいということです。技術や戦術は個人によって「出来るか出来ないか」という問題が関係します。しかし闘うことは「やるかやらないか」の問題です。上手いプレー、綺麗なプレー、確かに凄いですし決して批判するわけではありません。ただそれらは「闘う」の次にあるものです。そして最終的には「闘う」チームが、人が、勝つと思うのです。

今、ソッカー部女子は関東女子サッカー2部リーグで7チーム中6位と厳しい状況が続いています。しかしこの状況を脱却し、上を目指し続けます。当たり前ですが、どんな試合も勝利を掴みにいきどんな状況でも絶対に諦めません。
そして高校生の私がこの部から貰った「感動」を、今度は私が誰かに提供出来ればと思っています。

どうか今後共、変わらぬご声援の程宜しくお願い致します。
拙い文章でしたが、最後までご精読していただきありがとうございました。

『誰かの為に闘うこと』(3年小川愛)

2019.07.10

リレー日記をご覧の皆様、こんにちは。

常にポジティブで明るく、どんな冗談でもすっかり信じ込んでしまう素直な同期、内藤孝穂からバトンを引き継ぎました、総合政策学部3年の小川愛と申します。梅雨の鬱陶しい日々が続いておりますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。

今回は3年生になった今、入部からの日々を振り返り、私が考えていることを書かせていただきたいと思います。

私は、高3の時に目にしたソッカー部のパンフレットにあった、
「慶應は誰かの為に闘った時、真の裁量を発揮できる」という言葉に強く惹かれ入部を決意しました。私がサッカー人生で一番大切にしている言葉とまさに同じだったからです。

「誰かの為に、魂の体現」

私が中高6年間を過ごした鹿児島の神村学園のサッカー部の合言葉です。中等部に入ったばかりの頃は、先輩方の背中を見てそうやって闘うものなのだと言葉の意味を深く考えもせずにサッカーをしていました。しかし親元を離れ仲間と共に寮生活をしながら、日本一を目指してサッカーに打ち込む中で、同じ目標を持った仲間の大切さを知り、信じて下さる先生、家族のありがたみを感じ、陰で支えて下さる方々の存在の大きさに気付かされ、この人達の為に結果で恩返ししたいと本気で思うようになりました。神村学園での6年間で、この言葉の本当の意味を身を持って学びました。そして「誰かの為に、魂の体現」をすることこそが私にとって一番大切なこととなり、原動力となりました。

大学でもそんな想いを体現出来るチームでサッカーがしたいと思っていた私は、パンフレットの言葉に強く共感し、そんなソッカー部女子で新しい仲間と共に闘いたいと思いました。しかし、入部すると同時にそれまでの環境との違いに戸惑いました。家族以上に同じ時間を共有し、本当の家族のように繋がった仲間と、ただ日本一という目標だけを追いかけていた高校時代とは違い、大学のソッカー部では、チームメイトそれぞれのサッカー歴、サッカー観はもちろん、バックグラウンドや部に求めているものは実に様々でした。大学生活も人それぞれ。今思えば、当然のことです。しかし、ソッカー部に入部したばかりの私は戸惑っていました。

振り返れば、神村学園での練習はとても厳しいものでしたが、6年間24時間365日、学校でも寮でもグランドでも一緒に育った仲間と切磋琢磨してきたことは、実は楽なことだったのかも知れません。チーム全員が合言葉のもとシンプルに一つになり、上手くはなくても強いチームであることを追求していました。逃げ道はなく他に選択肢もなかったという点において、頑張らないわけにはいかなかった、とも言えると思います。そのような頑張れる環境を与えていただいていました。

そんな6年間を経てソッカー部に入部した私は、基本的には練習やミーティングの時にしか集まらない多様なメンバーと、自分から上手にコミュニケーションを取ることが出来ず、目標や戦術を共有しようという働き掛けが出来ずにいたのだと思います。みんなの気持ちも聞けず、自分の気持ちも伝えられず、自分がサッカー人生において一番大事にしていることと言いながら、新しい環境の中で自分が誰の為に闘いたいのか分からなくなり、目標を失っていました。思うようなプレーも出来ずに、サッカーが楽しめなくなりました。

そんな時、卒業される先輩から「愛が言っていた通り、慶應の強みは誰かの為に闘うことだと思うよ。」「だけど、誰かの為に闘うには自分の為に頑張ることが大前提。」という言葉をいただき、ハッとさせられました。私は、誰かの為に闘うのかを迷う以前に、自分自身が闘う気持ちを失っていただけだということに気付かされました。まず、自分自身が誰かの為に闘うことを諦めてはいけない。サッカーをする最大の意義は変わらない。そう気付くと、すぐそこに見えてきたことがありました。試合に出られなくて本当はものすごく悔しかったのに、試合に出る私に頑張れと笑顔で声をかけくれる仲間。大学からサッカーを始めて一生懸命練習についていこうと自主練する仲間。日々の練習でも当たり前に自分の気持ちを体現し、常に闘う姿勢を見せ続けている仲間。責任を持って運営や部の仕事をする仲間。期待して下さるスタッフ、どんな時も応援してくださる保護者の姿があったこと。入部当初は気付く余裕がなく、目を向けようともしていなかったのだと思います。環境の変化に戸惑い、自分のことに一生懸命で上手く行かないことを周囲のせいにしていた自分を恥ずかしく思います。

3年生になった今、私はこのソッカー部で、誰かの為に闘いたいという強い気持ちを取り戻すことが出来たと思います。

怪我をしてプレー出来ない時期にも、自分が思うようにプレー出来ずサッカーを楽しめない時期にも、私に声を掛け続け支えて下さる方がいました。悩んだ時や落ち込んだ時に笑わせてくれる同期や後輩がいました。学連の仕事をさせていただく中でも、尊敬できる先輩に教えられることばかりです。この人の為に頑張りたい、この人の為にも絶対に勝ちたいと本気で思わせてくれる方々が近くにいるということを二度と忘れずにいたいと思います。

サッカーも実力の世界で、技術が一番という人もいるでしょう。でも私は、自分の想いをピッチで体現するプレーそのものに大きな価値があると思います。たとえ上手くなくても走ること、絶対に諦めないこと、闘う姿勢を見せることは出来ます。そして自分の為には諦めてしまいそうでも、誰かの為ならばもう一度踏ん張ることが出来る。そんなチームこそが真の裁量を発揮できるに違いないと思うのです。

7/12の早慶定期サッカー戦まで一週間を切りました。日頃私たちを応援し支えて下さっている方々、先輩方をはじめこの伝統ある素晴らしい舞台を創り上げて下さる方々へ、結果という恩返しが出来るように全ての方の想いを背負って最後まで粘り強く諦めず、仲間と共に闘います。

前期関東リーグ、思うような結果が出せていませんが、慶應の強みである誰かの為に闘う魂で早慶戦に勝利し、後期からの巻き返しを狙います。上手さではなく強さ、個ではなくチーム。上手く行かない時にこそ誰かのせいにではなく誰かの為に。きつい時は仲間、ベンチ、スタンドを見ること。必ず私たちを応援して下さる人がいます。感謝の気持ちでいっぱいです。

「慶應は誰かの為に闘った時、真の裁量を発揮できる」チームだと信じています。

「大切なのは、何を選択するかではなく、自分が選択した道をどう強く生きるか。」今年卒業された先輩からのこの言葉も私の宝物です。この言葉を胸に刻み、残り半分を切ったソッカー部での自分のサッカー人生を全うしたいと思います。

拙い文章でしたが、ご精読いただきありがとうございました。

『困難との向き合い方』(3年内藤孝穂)

2019.07.02

ホームページをご覧の皆様、こんにちは。

入学当初は無口で物静かだと思われていた彼女も、そろそろ本性が明かされてきました。同じく常盤木学園出身、共にセレクションの様な練習を毎日乗り越えてきた、1年髙橋佳里からバトンを受け継ぎます。総合政策学部3年の内藤孝穂と申します。早くも3度目のリレー日記となりました。今回は、日頃、私自身が心に留めている3つの言葉についてお話ししたいと思います。多少、バラバラとしてしまいますが、ご容赦いただければ幸いです。

「艱難汝を玉にす」
「苦がその人を 鍛えあげる 磨き上げる 本物にする」 坂村真民
高校3年生卒業間近、大学でも頑張ろうと部活動に励んでいた当時、私は今までにない大怪我を負いました。制服姿で病院へ送られ即入院、手術。理解と心の整理がつかず、全てが混沌としていた中、「約一年はサッカーが出来ないと思った方がいい」という医者からの言葉は今でも鮮明に覚えています。サッカーが出来ないことは、私にとって最大の苦しみでした。当時はその状況を受け入れられない私がいて、サッカーを観るのも辛かったです。そんな時、読んでいた書物でこの言葉と出会いました。まずは足を下げること、両足をつく、歩く、ジョギング、ボールを蹴る、抜釘をして再び歩くところからのリハビリ。何度も苦しくて悔しい思いをしたけれど、その度にそれが私を鍛えて、磨いて、さらに強くしてくれると信じ、この言葉を自分に言い聞かせ乗り越えてきました。意味のない困難はありません。意味があるから、困難が与えられる。困難がもたらす意味を良い方向へ導くかどうか、それは自らの手で導いていくものなのではないでしょうか。

「苦しさを楽しさへと変えていくこと」
前者の言葉と共に、私にとって忘れてはならない言葉です。
「可動域が増えた!」や「走っていいよ!」といった結果だけではなく、「ちゃんとやるべきことを達成出来た」や「今日はなんか良い感じだった」、「うまくいかなくても逃げなかった」、そんな自分の内面と素直に向き合って、リハビリの日々を楽しく前向きに送ってきました。リハビリの日々が楽しい?、なんて思う人もいるかもしれません。もちろんサッカーの出来る日々は楽しいです。でも、真っ直ぐに自分と向き合いながら、問うて過ごしてきた時間はとても濃く充実していました。なでしこジャパンキャプテンの熊谷紗希選手も「状況をいかに楽しめるか。それが自分の強さになる」とおっしゃっています。困難への向き合い方は自分次第。道のりは長く険しくても、暗闇ではなく明るさに満ちた道程をつくりあげていきます。

「今を生きる」
高校時代、監督から何度も伝えられた言葉です。復帰してサッカーが出来る毎日。楽しいと思っていたはずが、現実はそうではなくて「もっと出来たはずなのに、あの時怪我してなかったら」、怪我をする前の自分と比較し、うまくいかないことばかりでサッカーへ楽しく向き合えない日々がありました。しかし、高校の同期から「過去は過去、今は今。出来なくなったと思うんじゃなくて、前の自分を取り戻そうとするんじゃなくて、新たな自分を見つければいいんじゃない?」と言われ、そしてこの監督の言葉を思い出しました。もちろん、過去の自分を超えていくことは大切です。出来ないことから逃げるということでもありません。基準をどこに持っていくのか。今は今なんだから、過去の自分基準の物差しで作り上げた姿ではなく、今の自分基準の物差しで目標を捉えていくことが大切だと思います。個人的に最近は、初めてFWで出場したり、得点することや、攻撃的なポジションにつくことも増え、今までに無かったサッカー観を楽しんでいます。過去にとらわれることなく、今の自分基準の物差しで、高い目標を捉え励んでいきます。

さて、TEAM2019は関東リーグ前期、そして皇后杯予選を終え、思う様な結果が出ず、今まさに困難の時ではないでしょうか。この状況を一番理解しているのは私たちです。この状況を変えるのも私たちです。「変わらなきゃ」と思うのではなくて、「変わることが出来る、さらに強く生まれ変わることが出来る」、「こんな逆境から這い上がれるチャンスなんて今しかない!」と思うくらいの勢いがあってもいいのではないかと思います。
チームの一年において、またそれぞれの人生において、その一瞬、近くで見ればその状況は悲劇や困難かもしれません。でも遠く離れてみるとそれが喜劇へと変わるように、チームも人生も描いていくことが重要なのではないでしょうか。
主将・主務のリレー日記でも「変わり続ける」とあるように、私たちは変わり続けることで成長していきます。まずは、7月12日の早慶女子サッカー定期戦。皆様に生まれ変わる道のりを歩み始めた私たちをお見せできる最初の大舞台です。チーム一丸となり、日々全力を尽くして参ります。当日は、是非会場へ足をお運びいただき、温かいご声援の程、宜しくお願い致します。

拙い文章でしたが、最後までご精読ありがとうございました。

 

『なにがあっても逃げない』(1年髙橋佳里)

2019.06.20

ホームページをご覧の皆様、初めまして。

普段のマイペースさからは想像出来ない、キレッキレのテクニックと豊富なアイディアで相手を翻弄しまくる、同期の秦野くるみからバトンを引き継ぎました。総合政策学部1年の髙橋佳里と申します。

今回、私にとって初めてのリレー日記ということで、これまでのサッカー人生を踏まえ、これからの目標について書かせていただきます。

私は、6歳の時に近所の友達がボールを蹴りながらサッカーの練習に通う姿に憧れを抱いたことがきっかけでサッカーを始めました。それからの日々は、学校に行く前にまずボールを蹴り、休み時間にもサッカーをし、学校が終わってからもサッカーをするといった、とにかくサッカーしかしない毎日を送っていました。ただただ純粋に友達とボールを蹴ることが楽しく、どこに行くにもサッカーボールをとりあえず持参するような子どもでした。

その後、中学時代は部活動とクラブチームを掛け持ちしながらプレーをし、高校は常盤木学園高校に進学しました。常盤木で何より成長したと思うことは人間力だと言えます。阿部先生は、第一に人としての在り方を大切にしており、講演会や地域清掃への参加や討論会を行うなど、多くの貴重な機会を提供してくれます。そのおかげで、人間力が高まると共に、自分自身のブレない軸を形成することが出来ました。
しかし、1つ後悔があり、常盤木はそれまで所属していたチームとは大きく異なり、多くの部員が在籍し、毎日がセレクションのような練習でした。その為、現状よりも悪い方向へ行くことを恐れる自分がいて、大きな挑戦をせず、現状維持に走ってしまうことが多くあったような気がします。当時私はこうした状況を理解していたのにも関わらず、時間が解決してくれる、どうにかなると傍観者となってしまい、自分から解決に向かう行動を起こすことが少なかったように思えます。

だからこそ、私は大学生になるにあたって、「なにがあっても逃げない」という目標を掲げました。大学生活はこれまでとは環境も大きく異なり、経験したことのない事柄で溢れています。さらに直面したことのない苦難や逆境が訪れ、上手くいかないことが増え、逃げ出したくなるかもしれません。しかし、自分を変えたいといった思いがあるなら、立ち向かっていくしかなく、現状に目を背けている暇もありません。自分が目指す目的や意味を再確認し、現状を受け入れ、解決策を探し出し、変化を恐れることなく、自分から行動していきます。そして、出来なかったことが出来るようになる楽しみを噛み締め、4年後、このリレー日記を読み返した時に、胸を張って「昔の自分とは比べ物にならないくらい成長した」と言える様、これから4年間精進して参ります。

授業が終わると共に即帰宅し、下田グラウンドに向かう日々がもう既に二ヶ月が過ぎました。ソッカー部女子という高いレベルの一員となり、毎日沢山の刺激を受け、自分の未熟さを実感しています。この素晴らしい環境に感謝し、一分一秒無駄にせず、チームの為、勝利の為、成長し続けていける様、努めて参ります。

拙い文章になりましたが、最後までご精読いただきありがとうございました。

『これまでのサッカー人生』(1年秦野くるみ)

2019.06.12

ホームページをご覧の皆様、初めまして。

強靭なフィジカルとスプリント力を活かし攻守において存在感を放つ、同期のブラフフェイよりバトンを引き継ぎました、総合政策学部1年の秦野くるみと申します。

今回は初めてのリレー日記ということで、私自身のことについて綴らせていただきます。
拙い文章ではございますが、最後までお付き合いいただけると幸いです。

私は2人の兄の影響でサッカーを始めました。
小学校6年間は地元のサッカーチームで男子と一緒にプレーをしました。決して強いチームではなく、小学校卒業後にサッカーを続ける人は2、3人程のチームでした。しかし、OBである大学生が何人もコーチとしてチームに戻って来てくれる、とても温かいチームの下で6年間サッカーをしました。今振り返れば、コーチも一緒になって常にみんなでサッカーを楽しむあの環境だったからこそ、純粋にサッカーを楽しみ成長することが出来たのだと思います。

中学3年間は日テレメニーナに所属しプレーさせていただきました。
素晴らしい環境の下、レベルの高い選手たちと日々プレーすることが出来ました。
ここでの3年間を経験出来てよかったと強く思います。

高校3年間は藤枝順心高校でプレーさせていただきました。ここでの3年間は、日々様々なことを感じながら過ごしました。中学時代とは環境が変わったことで視点も変わり、新しい考えを持つようになりました。周りから様々なことを感じ、考えさせてくれた環境や、多くの部員がいて学年を問わず沢山の仲間に出会うことが出来た3年間は私にとって貴重な3年間となりました。

そして現在、ソッカー部女子に入部して3ヶ月が経ちました。
まだまだ始まったばかりで、これから先のソッカー部女子での生活が私にとってどのようなものになるのか想像が付きませんが、素晴らしい環境でサッカーが出来ていることに心から感謝し、一人の部員として、まだまだ未熟ではありますが、何かで、何処かでチームに貢献出来る存在になれる様、精進して参ります。

拙い文章でしたが最後までご精読いただきありがとうございました。

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