リレー日記

1年 小川愛

ホームページをご覧の皆様、初めまして。総合政策学部1年の小川愛と申します。今回は私の初めてのリレー日記ということで、私自身のことについて書かせていただきます。

私は、父の転勤で生後間もなくからミャンマー、ナイジェリアで暮らしました。小さい頃からボールを蹴るのが大好きで、小学1年生になる頃帰国すると、バディFCというクラブチームで本格的にサッカーを始めました。バディのコーチには、サッカーだけではなく生活面においても厳しく鍛えていただき、とても感謝しています。
9歳で大好きだったバディを離れ家族と一緒にベトナムへ行き、インターナショナルスクールに入りました。環境が変わり言葉の壁にも苦労しましたが、それまでの様に整った環境でサッカーの練習や試合が出来ないことが一番の悩みでした。しかし、サッカーのお陰で友達が増え、一緒にプレーすることで自然に英語も上達し自信を持つことが出来ました。現地の孤児院の子供たちが、スパイクも履かずに裸足で目を輝かせサッカーをしていることに驚いたり、イスラム教の友達がヒジャブを着けながら果敢にサッカーをしている姿に励まされたり、サッカーを通じて視野を広げることが出来ました。公式戦もなく、技術を高める練習は出来なかったかも知れませんが、サッカーがもたらす夢や希望によって人は変わることが出来るということ、またサッカーには言葉や文化や宗教の違いを越えて人々と繋がれる力があることを、自分の肌で感じることが出来ました。この体験が、将来はサッカーを通じて貧困等の社会問題解決に貢献したいという目標に繋がり、SFC総合政策学部を志望するきっかけとなりました。

12歳で帰国した後は、もう父の転勤には付いて行かずに思い切りサッカーがしたいと考えて親元を離れ、鹿児島の神村学園に入学を決めました。中高6年間の寮生活を通じて、仲間と切磋琢磨しながらインターハイや国体に出場し、高校2年生の時には全日本高等学校女子サッカー選手権で準優勝するまでサッカーに打ち込みました。苦しいこともありましたが、神村での6年間で何より胸に刻み付けられたのは、「誰かの為に、魂の体現」という部の合言葉でした。「心・技・体」ではなく「信・義・耐」で闘うことを教えられました。同じ目標を持った仲間の大切さを知り、信じて下さる先生や家族のありがたみを感じ、影で支えて下さる方々の存在の大きさに気付かされました。その人たちの為に自分に出来ることは何だろうか、と常に考えていました。そして、特に最後の冬の選手権には、「誰かの為に」6年間分の感謝を体現するという強い想いで臨みました。結果は全国3位で、日本一になって恩返しすることは出来ませんでしたが、多くの方々の支えがあって、最後まで諦めずに走り切ることが出来たと思います。

大学入学前、ソッカー部女子のパンフレットにあった「慶應は誰かの為に闘った時、真の裁量を発揮出来る」という言葉に強く惹かれました。卒業されたマネージャーさんの言葉でした。そして、私もこの様なチームで「誰かの為に」闘い続けたいと憧れて、入部を決意致しました。早慶定期戦が目前となった今、伝統あるソッカー部の一員であることを誇りに思うと同時に責任を感じています。まだまだ未熟な私ですが、チームの勝利に少しでも貢献出来る様に日々成長することで、支えて下さる方々への感謝を体現して参りたいと思います。今後共応援の程宜しくお願い致します。

拙い文章でしたが、最後までご精読ありがとうございました。