リレー日記

『可能性の拡大』(1年中村美桜)

2022.05.31

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ホームページをご覧の皆様、初めまして。

冷静な判断と落ち着いたプレーで、入部当初からチームに貢献する同期の坂口芹からバトンを引き継ぎました、理工学部1年の中村美桜と申します。

今回は、初めてのリレー日記ということで、これまでの私自身のことについて書かせていただきます。

 

私は小学校に入学してすぐ、兄の影響を受けサッカーに出会いました。始めたての頃は、グラウンドを走り回り、ボールを追いかけることに夢中になっていました。そんな中、父の転勤により、小2の秋にシンガポールに移動することとなりました。現地では、インターナショナルスクールに通いましたが、英語を全く喋ることが出来なかった私は、週末のサッカースクールが唯一の楽しみであり、救いでした。日本人主催のチームだけでなく、ローカルの女子チームにも所属することで、サッカーという共通言語によって、国籍の壁を越えた友情が生まれました。シンガポールは国土が狭いため、大会の度に近隣のタイやマレーシアへ飛び、海外遠征をする機会が何度もありました。そんな中、私の中で1番思い出に残っている大会はスウェーデンで行われた世界大会です。世界とのレベル差に圧倒されながらも、大会準優勝という結果を残すことができ、自分自身の大きな自信に繋がりました。また、そこで味わった緊張や興奮は、私のサッカー人生の大きなターニングポイントとなりました。

 

その後、小学校卒業とともに帰国し、慶應義塾湘南藤沢中・高等部(以下SFCと略す)に入学してすぐ、私は迷うことなく女子サッカー部に入部しました。ところが、当初SFCでのサッカー生活は、私が思い描いていたものとはかなり異なりました。部員の大半は、サッカー未経験者であった為、サッカーのルールを教えるところから始まり、始めの頃はドリブル練習やパス練習など、基礎練習が主でした。人数も少なかった為、広いコートで11人制のゲームをするのは、公式戦が初めてという惨状でした。入部したての頃は、先輩と一緒にサッカーをしていることが純粋に楽しく、後輩の私は先輩についていくだけでしたが、上級生になるにつれ、チームをまとめ、部活を作っていく立場になると、それまでの楽しさは、苦しさへと変わっていきました。チーム内の技術の差や部員同士のモチベーションの差など、全員を同じ方向へと導くことは簡単ではありませんでした。考え方の違いが出る度にミーティングを開き、チームの現状を話し合い、自分達の目標を再確認することでモチベーションを保とうとしていました。一方で、試合に勝てない悔しさも、長い間味わいました。努力をしているのに、結果が伴わない現実はやるせなく、なんとも言えない虚しさを何度も感じました。しかし、そんな中でも、サッカーがうまくなりたいという闘争心は消えることなく、コロナ禍での自粛中は、毎日自宅の周りを走り、筋トレを欠かさずに行っていました。

 

私がソッカー部女子に入部した理由。それは、自分の可能性を広げたいからです。中高6年間は、自分がチームを牽引する立場として、どうやったら部員の技術を底上げできるか、どうすればレベルの差が大きくても一緒に勝利を目指せるか、ということを常に考えてきました。しかし、大学では、「自分のプレーの可能性を広げ、レベルの高い環境に入ることで自分を1から鍛え上げたい」という強い想いがあります。

 

入部してから早くも2か月が過ぎようとしていますが、今でも私は周囲のレベルの高さに圧倒されています。ですが、そんな充実した練習ができる毎日がとても幸せであると同時に自分の成長も身をもって感じ取ることができます。パス1本にレベルの差を感じる毎日ですが、今までの12年間のサッカー人生で貫いてきたサッカー魂を信じ、慶應義塾体育会ソッカー部という場所で人としても選手としても成長していきたいと考えています。

 

次は、サッカーに対しては真面目で、私生活では乙女な一面のある同期の守部葵にバトンを託します。拙い文章ではありましたが、最後までご覧いただきありがとうございました。

今後ともご声援の程、宜しくお願い致します。

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『チャレンジする場を求めて』(1年坂口芹)

2022.05.24

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ホームページをご覧の皆様、初めまして。

巧みなボールタッチで相手を翻弄し、幾度となくチームにチャンスをもたらす、同期の佐々木ユリアからバトンを引き継ぎました、総合政策学部1年の坂口芹と申します。

今回は、初めてのリレー日記ということで、これまでの私自身のことについて書かせていただきます。

 

小学3年生の頃に、3つ上の姉の影響を受けてサッカーに出会いました。それから、約10年間サッカーを続けています。始めた当初は、週1回のサッカースクールに通いました。4年生になると地域にスポーツ少年団が発足し、週4回の練習が始まりました。ただただ楽しくボールを追いかけるスクール時代とは打って変わって、技術的な練習に加え、戦術面なども意識するようになり、サッカーに本格的に取り組むようになりました。

 

中学時代は、中学校のサッカー部に所属し、男子選手と一緒にプレーをしながら、県内の女子サッカーチームにも所属し、サッカーを続けました。

 

高校3年間は、地元である宮城県の明成高校に進学し、女子サッカー部に所属しました。宮城県の高校サッカーでは、全国大会の常連校である常盤木学園と聖和学園が2強です。「その2強を破って全国大会に出場する」ことを目標に、高校3年間、仲間と切磋琢磨しました。3年間の中で、プレーが上手くいかない時期も多くありました。そんな時、アドバイスをくれて自主練に付き合ってくれた同期、どんなに上手くいかずとも親身に指導し続けてくれたスタッフの方々の存在があってこそ乗り越えることが出来ました。高校2年時の県新人大会では両校に勝利し、創部してから初めて宮城県のトップに立ちました。次ぐ東北大会2位という結果を収めることが出来たものの、高校3年間、全国大会が続く高校総体や選手権大会においては、2強に勝つことは一度も出来ませんでした。

 

高校時代、華々しい結果を残すことは出来ませんでしたが、指導者の方々やチームメイトを含め、恵まれた素晴らしい環境のもとでサッカーの技術的な部分だけでなく、1人の人間として成長することが出来た3年間でした。

 

 

ソッカー部女子を目指すきっかけとなったのは、YouTube配信された大学リーグの試合です。慶應義塾大学は、スポーツ推薦がないにも拘らず、関東リーグ1部の舞台に立ち、人数が少ないながらも一人ひとりがチームのために体を張り、最後まで戦う姿に感銘を受けました。それと同時に、このチームでサッカーがしたいと思うようになりました。

 

もともと私は、人見知りで、人前に立って自分の意見を主張することが得意ではなく、そのような場面を避けて今まで過ごしてきました。ですが、学生が主体となって部を運営しているソッカー部女子では、自主的に考え、行動することが成長へと繋がり、自分自身を変えることが出来るのではないかと思っています。

 

慶應義塾大学に入学して、ソッカー部女子の一員になってから2ヶ月ほどが経ちました。毎日楽しさと不安がジェットコースターのように過ぎ、日々土壇場な上、チャレンジの連続です。3月末にスタートさせた寮生活にも少しずつ慣れてきました。しかし現状は、不安でいっぱいです。学習面、サッカーにおける技術面、人間性など様々な部分でまだまだ未熟な私ですが、慶應義塾体育会ソッカー部の為に闘う選手となれるよう精進していく所存です。

 

次は、常に明るく仲間想いで、試合ではガッツあるプレーでチームに貢献している、同期の中村美桜にバトンを託します。拙い文章ではありましたが、最後までご覧いただきありがとうございました。

今後共、ご声援の程、宜しくお願い致します。

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『大人になることとサッカーすること』(1年佐々木ユリア)

2022.05.17

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ホームページをご覧の皆様、初めまして。

正確なロングフィードと力強い守備でチームに貢献する、小熊藤子からバトンを引き継ぎました、環境情報学部1年の佐々木ユリアと申します。

今回、初めてのリレー日記ということで自己紹介?を含め、大学でサッカーをすること(ほとんど雑記)について書きます。

 

私の名前は、カタカナでユリアと書きます。名前がカタカナなので、よく『ハーフなの?』と聞かれますが、カタカナで書かれた名前と、髪が少し茶色いだけです。

 

兄の影響を受け、4歳の時にサッカーと出会い、軽い気持ちで始めたサッカーが、いつしか自分に欠かせないものに変わっていました。(途中で、バレーボール選手になると意気込んだり、サッカーやめると宣言してみたりと色々ありましたが)

小学生から本格的に通い始めたサッカーチームでは6年間を過ごしました。無邪気にボールを追いかけ、無意識に積み上げていた6年間が今の自分のプレースタイルを形成したと思います。その後、浦和レッズレディースの下部組織に6年間在籍しました。この6年間は、一生忘れられない宝物になりました。一番嬉しい思い出も一番悔しい思い出も全てここで経験しました。サッカーだけではなく、生きる上で必要な心構えも教わったと思います。みんなの全力がぶつかり合う、なんとも形容し難い雰囲気が大好きでした。

今まで、沢山の人に支えられながらサッカーをしてきましたが、誰かの本気になれる土台を用意することは並大抵なことではありません。

そんな当たり前ではない環境を当たり前かのように用意してくれている人がいて、私のサッカー人生は素敵なものになりました。

 

そして、慶應ソッカー部に入部しました。

私はサッカーなしでは人生を語ることが出来ないどころか、自己紹介もまともに出来ません。しかし、大人になるとサッカーが出来ることが価値になることはほとんどありません。(サッカー選手を除いて)そんな私は、サッカーを好きになってしまった自分を疑ったことがあります。私のような経験をした人には、大人になる今だからこそ、サッカーを本気でやってほしいと思います。最後にそんな思いを少し書きます。

 

 

私は、ある段階で、十数年間サッカーに熱中して過ごしたことに不安を抱き始めました。多分、その不安の根源は、大人になることへの確かな実感だと思います。それは、「サッカーができる?だから何?」と言われる社会に出ていくことへの不安とも言えます。

慶應ソッカー部でサッカーをする人・したい人は、このような思いを持っている人も多いのではないでしょうか。

 

サッカーは、いわゆるビジネス書や自己啓発書に書いてある考えとは違った生き方をすることができます。要するに効率化や合理的なことから離れることが可能です。損得とか「ためになる」「ためにならない」ということから離れたことをやることが面白い大人になるための第一歩なのではないかと思います。大人になり、社会のシステムに組み込まれた時に、効率化や合理性だけを追い求める暮らしはしたくないものです。

 

サッカーを薦める理由を全て書くと長くなってしまうので、一つ具体例を挙げます。浅い(ドライな)関係ではなく、深い(熱い)関係を結べる点です。浅い関係は割り切って考えることが出来るので、自分が傷つくことは少ないかも知れません。それに比べ、深い関係を結ぶと正直、疲れます。傷つくこともあります。でも、深い関係でしか得られないことがあると思います。

 

上手く言語化できていないので、マルセル・デュシャンの言葉を借り、帰結させていただきます。

 

「生きることとは信じること」 Marcel Duchamp

 

今年のチームスローガンでもある「Strong Believer」にも通じるように、好きなことを信じていきます。

 

ソッカー部では、サッカーはもちろん、サッカー以外にも本気になれる環境が整っています。是非ソッカー部でお待ちしています。

 

次は、攻撃的センスに溢れ、入部してすぐにチームに欠かせない選手になった坂口芹にバトンを渡します。最後までご覧いただきありがとうございました。

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『私がソッカー部を目指した理由 〜成長を求めて〜』(1年小熊藤子)

2022.05.10

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ホームページをご覧の皆様、初めまして。

ストイックでカッコいい先輩ですが、時々出るギャグは寒い4年主将ブラフフェイからバトンを受け継ぎました、環境情報学部1年の小熊藤子と申します。

今回は初めてのリレー日記ということで、これまでの私自身のことについて書かせていただきます。

 

私にとってサッカーはいつも身近な存在にあり、高校2年生まで何も意識せずにボールだけを追いかけてきました。

記憶にはないのですが、写真を見ると、私は生まれてすぐにサッカーグラウンドにいました。なぜなら兄2人がサッカーをしており、ほとんどの土日は両親がベビーカーに乗った私を連れ、兄達の試合の応援に行っていたからです。その後、歩けるようになり、家族で公園に行くと常に兄達と父親がサッカーをしていました。私も仲間に入りたい一心でボールを追いかけ始め、それをきっかけにボールを追いかけることが当たり前になっていきました。

 

それから、私の「何も考えず懸命にボールを追いかけるサッカー人生」が始まりました。幼稚園では園庭でボールを蹴り、地元の小学校では兄達と同じ男子チームに所属し、6年間を過ごしました。女子だからといって特別扱いすることもなく受け入れてくれた小学校時代のコーチやチームメイトのお陰で、何も考えずボールを追いかけることが出来ました。

中学生年代になる時も、自然な流れの中から、自宅から近いスフィーダ世田谷のセレクションを受け、合格し、そのままユース年代までお世話になりました。

しかし、このような私の「何も考えない人生」も高校3年になり、大学受験に向き合う中で転機を迎えます。大学受験は自分で考え、決断しなくてはなりません。当時は「サッカーを続けるのか」から始まり、「どんなことを学びたいか」「どんな大人になりたいか」など様々なことを考えなくてはいけなかったのですが、ただただボールを追いかけるだけだった私にとってこのようなことを考え、決断することは難しいことでした。

 

そんな中で「慶應へ進学し、ソッカー部女子に入りたい」と思ったきっかけは、スフィーダ世田谷のトップチームに所属するソッカー部OGの方々と練習やお話をさせていただいたことです。皆さん、活発で自立した発信力のある大人で、自分もそんな大人になりたいと思いました。またその後も、フェイさんをはじめとする現役の先輩方とお話しさせていただく中で、より一層その思いは強くなりました。

そして、なんとか4月からソッカー部の一員としてスタートを切ることが出来ました。人数も少なく、一人ひとりがしっかりと役目を果たしていく必要のあるソッカー部は私にとって成長出来る絶好の場所です。今までのようにチームメイトや家族等の周りに頼り、なんとなく過ごすのではなく、自分自身が自発的・積極的に動き、勝利を目指すと共に、チーム運営にも貢献していきたいと思います。

 

次は、小学校時代にトレセン活動で一緒にプレーし、大学に入ってから感動の再会をした佐々木ユリアにバトンを託します。拙い文章ではありましたが、最後までご覧いただきありがとうございました。

今後ともご声援の程、宜しくお願い致します。

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