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2025.09.16 部員ブログ

『ピッチに立つ理由』(3年 野村亜未)

リレー日記をご覧の皆様、こんにちは。

何事にも直向きに頑張り続け、きついでもポジティブな声をかけてくれる安達梨咲子からバトンを受け継ぎました、総合政策学部3年の野村亜未と申します。

りさこ、紹介ありがとう。

最近は見なくなったけれど、りさこの何かを提言するたびに出るこの指も、ランメニューのの「腿上げてー!」という声かけも、狙ってない面白さが大好きです。ドライヤーで髪を乾かす時にずっと観ているNetflixのオススメもまた教えてね!

そして、りさこの努力の全てを理解してるなんて到底言うことできるわけではないけれど、そういう姿勢や振る舞いに自分は刺激をもらっています。これからも一緒に頑張っていこう。

毎回、同期紹介が長引いてしまうので今回は気持ち短めにして、そろそろ本題に入らせていただきます。

部室で、2.3年生のリレー日記が番書く内容に困ると話題になったように何について書こうか迷いましたが、3回目となるリレー日記では、最近感じていることについて、ありのまま綴らせていただきます。

拙い文章ではありますが、最後までお付き合いいただけると幸いです。

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「当たり前」

監督が口にするようになったからか、日常の中で意識せずとも耳にする機会が増えたように感じるこの言葉。一般には人々の共通認識として使われるが、時に人を成長させ、時に人を苦しめる。この言葉について、私はサッカーを通して考えるようになった。

高校時代、強豪校と呼ばれるチームに所属していた私は、「勝つこと」が当たり前だと信じていた。勝利のために自分が試合に出て活躍することは前提であり、そこに疑いはなかった。スタメンを外れたには、もう一度その舞台に立つために自分に向き合い、誰よりも目立とうとした。努力すること、結果を出すこと、それが私の中で醸成された「当たり前」だった。

けれど、大学に進み、慶應ソッカー部女子という組織に身を置いてから、その「当たり前」が必ずしも共通ではないことを思い知った。初めはそのギャップに戸惑い、反発していた。自分の基準が正しいと信じていたからこそ、違うやり方を受け入れることができなかったのだろう。しかし、時間が経つ中で、多様な在り方こそが組織の強さだと理解できるようになった。そして気が付いたのは、自分の「当たり前」を無自覚に押し付けることで、仲間の可能性を狭めてしまっていたかもしれないということ。その反省は、組織の中で自分がどう在るべきかを考えるきっかけになった。だからこそ今は、仲間それぞれの考えや価値観に目を向けることのできる存在でありたいと思っている。

そしてもう一つ、自分自身にも変化があった。やがて、グラウンドに立つことさえも当たり前のことのように感じるようになっていった。最初は全てが新鮮だった。高校時代に初めて慶應のユニフォームを手にしたの胸の高鳴り、先輩の背中を追いかけて自分もそこに立ちたいと願った気持ち。けれど、慣れは恐ろしい。時間が経つにつれて「ここにいるのは当然だ」という感覚が、静かに心の奥へ染み込んでいった。

のような「当たり前」を見直すきっかけとなったのが、怪我だった。早慶戦を控えた週に足首を捻挫した。ベストな状態で臨みたいと強く思っていたからこそ、悔しさは大きかった。ほんの一瞬で、それまで積み重ねてきたものが崩れ落ちたような感覚だった。関東リーグ開幕戦の週にも同じ箇所を痛めていたから「大丈夫、前回よりはまし」と自分に言い聞かせた。けれど翌日の練習ではこれまでのテーピングでは到底耐えきれない痛みに襲われた。走ることすら痛く、ボールを蹴るなんてもってのほか。どうして大事な試合の前に限って怪我を繰り返すのか。自分の甘さを責め立て、自然と涙がこぼれ落ちた。自分の弱さを思い知らされた。

それでも迎えた早慶戦当日。等々力陸上競技場という、これまで外からしか見たことのなかった大舞台に立った瞬間のあの高揚感は、二度と忘れないだろう。芝の匂い、男子部の声援、勝利を心待ちにしてくださる慶應の観客。その舞台は、長い時間をかけて多くの方々の尽力によって準備されていた。だからこそ、結果で応えたかった。今年こそ初勝利を掴みたかった。けれど、結局何もできないままチームは勝利に届かなかった。

それでもピッチに立ち続けたという経験が、私に教えてくれたことがある。それは、慶應の一員としてグラウンドに立つことには責任と覚悟が伴うということ。そして、スパイクを履き、仲間とサッカーができることは、決して当たり前ではないということ。

当たり前になることで「見えなくなるもの」は多い。例えば、目標から逆算した練習メニューを考えてくださるスタッフ陣、練習の助っ人に入ってくださる男子部スタッフや男子部、声を枯らして応援してくださるOBOGや保護者の方々。そうした存在は確かにそこにあるのに、景色の一部として流してしまう。健康な身体も、仲間も、サッカーを続けられる環境も、すべてが偶然のようで必然のような奇跡の積み重ねで成り立っている。誰かにとっては当然ではないことが、自分には与えられている。だからこそ、それを「当たり前」と思えること自体が特別なのだ。

そして、「当たり前」にはもう一つの怖さがある。それは、基準になってしまうこと。勝ち続ければ、次も勝つことを求められる。全力を尽くせば、それが当然だと見なされる。結果を残せば、ずっとそうであることを期待される。最初は賞賛だった言葉が、やがて義務や重圧に変わっていく。ミスをすれば「らしくない」と言われ、結果が出なければ失望を招く。期待は信頼の証であり、成長の原動力になる一方で、心を縛る鎖にもなる。

慶應のエンブレムを胸に、黄色のユニフォームに袖を通すときの高揚感。そこには、スポンサーから託された「命」のロゴが刻まれている。その命を私に預けてくださった企業様の想いを背負う責任と使命がある。それは誇りであると同時に、周囲の期待とともに背負うことになる重みでもある。チームの名を背負う以上、プレーは個人のためだけでは終わらない。背後には、応援してくださる方々、支援してくださる企業様、繋いできた歴史がある。その想いを感じるからこそ、自分たちの目標に全力で挑み、共に闘ってくださる方々の期待に応えたいと強く思う。

「期待」は決して悪いものではない。自分を重くする鎖である反面、自分を奮い立たせる力にもなる。期待を受けることで、自分の限界を超えられることもある。大切なのは、その期待にどう向き合うか。逃げるのではなく、受け止めて力に変えること。それができるとき、人は本当の意味で成長できるのだと思う。

一方で、「当たり前」にしなくてはならないことも確かに存在する。例えば、日々の練習に真摯に取り組む姿勢や、仲間を尊重する態度、ユニフォームに袖を通す者としての責任感。そうした基盤があるからこそ、多様な価値観が活き、組織としての強さに繋がるのだと思う。

そして、監督が話していたように、「当たり前」には自分の意志で決める基準のようなものが存在する。それは押し付けられるものではない。だからこそ、自分の当たり前を疑い、他者の当たり前を尊重することが大切だと気づいた。

「当たり前を疑う」という行為は、時に自分を不安定にさせる。しかし、その不安定さこそが新しい視点を生み、世界を鮮やかにしてくれる。蛇口をひねれば水が出ること、電車が時間通りに来ること、朝起きて仲間とグラウンドに立てること。その一つひとつが誰かの努力に支えられている。当たり前を疑うことで、その背景にある努力や想いに目を向け、自分が頑張る理由だけでなく、仲間と共に闘う意味や支えてくれる人たちへの感謝を思い出すことができる。

今の自分にとって何よりの支えは、声をかけてくれる仲間の存在である。言葉では言い表せないほど、その声に助けられている。出場の有無に関わらず、仲間一人ひとりの想いは確かにピッチに息づいていて、その全てが自分の力になる。だからこそ、その声や想いを力に変えて挑み続けたい。そして何より、得点が決まったときや勝利を掴んだ時に抱き合って喜ぶ、あの一瞬のために私は、走り、闘い続ける。

今は、こうして仲間とプレーできること自体が大きな喜びだと感じている。だから、その舞台に感謝しながらプレーしたい。そして、時々立ち止まって振り返ることが、今を大切にすることに繋がるのだと思う。日常の中にある感謝や小さな気付きの積み重ねが、これからの自分やチームをより良くしていく

そしてそれは、サッカーだけに限らない。毎日顔を合わせる家族や友人、支えてくれる身近な人の存在も、当たり前のようでいて実はとてもかけがえのないものなのだ。そんな人への感謝を忘れず、一緒に過ごす時間をもっと大切にできる人になりたい。

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首位でシーズン前半を終え、中断期間に入った今、チームは大きな手応えと同時に、新たな責任を背負っていると感じる。あと2週間で始まるシーズン後半。その舞台に再び立てることも、決して保証されたものではない。だからこそ、仲間とともに11日を大切に積み重ね、もう一度ピッチで証明したい。支えてくださる方々の期待に応え、最後は全員で笑って終われるように。一戦一戦、全力で臨む。

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次は、同期の中で番早く誕生日を迎え、歳を重ねてもなおバブみを放ち続けている同期、野口初奈にバトンを渡します。先日コメダ珈琲に行った、パンに塗るものを聞かれ「はちみつ」と言われたのを、わざわざ「ハニー」と背伸びして英語を使い、店員さんに爆笑されていました。そして、新しい言葉を覚えると、使い方が少し違っていてもすぐ使いたくなるのが初奈です。そんな彼女がどんなリレー日記を書いてくれるのか、みなさん楽しみにしていてください!

10年近くの仲にもなると、他では共感できないようなことにも共感できるようになってきました。リレー日記に書ける内容ではないので伏せておきますが、くだらないことで爆笑し合う時間は最高に楽しいです。いつもありがとう。

私生活で頼りになるとは言い難い反面、サッカーでは中高時代を共に過ごしたこともあり、誰よりも信頼している存在です。抜群の安定力でボールを保持し、武器であるキックでボールをサイドへ捌く。そして、なんと言ってもラストパスの精度。出してほしい瞬間に出してくれる完璧なパスに、いつも1人でドキドキしています笑。これからも頼むよ。一緒に目標達成しようね。

拙く纏まりのない文章になりましたが、最後までご覧いただきありがとうございます。

今後とも慶應ソッカー部女子の応援のほど、よろしくお願いいたします。

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